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~無職記2024年11月20日(水曜)~ラファエル・ナダル引退

<1年前の今日の行動・日記の内容より>

バイト3連勤。
月~水曜日に連勤するのがレギュラーになりそう。

そして、ラファエル・ナダルが引退してしまった。
デビスカップFINALSの準々決勝でスペインチームが
オランダに敗れてナダルの引退が決まった。

下馬評、シード順、層の厚さではスペインが圧倒的だった。
3戦の内、ナダルのシングルスを落としたとしても
スペインには世界2位のアルカラスを擁して、
ダブルスにも過去ATP FINALSを獲ったグラノジェルスが構えていた。

盤石と言ってよかった。

それでも、それだけで勝負が決まらないのがテニス。というかスポーツ含むその他諸々。

ロジャー・フェデラーにアンディ・マレー。
そしてラファエル・ナダルのいないテニス界を私はこれからも観ていくのだろうか?

<覚えていること・思うこと・脱線話>

今も結局、テニス自体は観ている。
けれど熱は帯びないことが増えた。

今年(2025年)はATPテニスの最高峰、ATP FINALSすらも後追いで観ている。
翌日に用事があって深夜2時にライブで観ることができなかった外的要因はあったけど、用事が無くても観てなかっただろう。

以下は、ナダルの引退を受けて2024年11月27日頃に残したメモ。
メモにしては長いけどね。

”アスリートとしての死”を迎えた
ラファエル・ナダルの引退も堪えた。

僕はナダルよりも最大のライバルである、フェデラーのファンであるが
僕が「テニスへ情熱を傾けるきっかけは?」と問われればそれはフェデラーではなく、
ラファエル・ナダルその人だった。

当時中学2年でテニス部の先生が代わり
前年までののんびりゆるゆるテニス部が変わった。
走る走る走る。打つ打つ打つ。

インターネットも今ほど便利でない中で追いつくために
僕はテニスの専門家としてテニス雑誌に情報を求めた。

当時、テニス雑誌は5社あった(はず)だが
僕が初めて買ったのが写真の「テニスジャーナル/2006年6月号」。
その表紙は激しくガッツポーズをするナダル。

テニス→紳士のスポーツ、激しいジェスチャーは相手に失礼(?)というような考えを植え付けられていた
僕には衝撃を与えた1枚であり、
「やっぱりスポーツだもんね。ガッツポーズするわな。そりゃ。」と思い、自分の無知/偏見を自身に対して恥じた思い出がある。
そして何事も自分で観て考えようという姿勢の礎にもなった気がする。

その後もリニューアルされる07年中頃まで毎月、今はなきTSUTAYAへテニスジャーナルを買いに行った。
定期購読/年間8000円程は当時の僕には大金に思えて親に相談できず毎月、売り切れてないことを願いながら足を運んだ。

嬉しい感情をちゃんと表現できる。
それも”正当な手段”として。
自分も相手も。
1対1で。ポイント間はいつでも。
だから結局テニスが好きなんだと思う。

それを世界最高の準備で魅せてくれる
プロ選手の試合観戦もまたたまらなく好きなんだろうな。と。

かつて世界一位にしてコロナワクチン未接種でオーストラリアを国外追放をされたジョコビッチに対して、
「言い分はわかる。しかし大会よりも偉大な選手はいない」と
いう趣旨の内容をナダルは言った。

今後、ナダルもフェデラーもマレーもいないテニス界が始まる。
でもテニスも人生も続く。

そういえば先週、慶応チャレンジャー大会を観戦してBenjamin Hassan選手(レバノン.232位)という
かっこいいプレーをする選手を見つけた。
”変わり”は見つかる。
けど「偉大さ」は変わりがいないとも改めて気付かされた。

引退に際して色々な彼の言葉を思い出させられ、
過去の雑誌を巡る手が止まらなかった。

ナダル選手。今後もいい人生を。

Greatness. It Only Takes Everything | Rafael Nadal | Nike
https://www.youtube.com/watch?v=X0xbNUMZCvk

テニスを部活としてやらされているものから「おもしろいもの」として捉えるきっかけになったのはラファエル・ナダルという存在がいたからかもしれない。

ロジャー・フェデラー(のファンだったけど)だけでは
美しいテニスだな~で終わっていた可能性もある。

ラファエル・ナダル。
彼のいる時代にテニスを始められたのは幸運だった。

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