サンフェーデッドは透明少女をリファレンス元のひとつとして設定しているだろうという話


学園アイドルマスターのキャラクターである篠澤広の新曲「サンフェーデッド」は、スリーピースの歪みまくったサウンドでオルタナにかぶれた「俺たち」の心をかっさらった。
そんな「サンフェーデッド」だが、曲自体にもMVにもナンバーガールのメジャーデビューシングル「透明少女」を相当に意識したであろう点が散見されたので、以下に整理する。


ギターによる焦燥音楽 それ、すなわち、ROCK

「透明少女」MV 1:49~1:53より引用

誰にでもすぐに思いつく類似点はサウンドである。かき鳴らされる歪んだギター、容赦のないドラム……だが、一番のキモはそこではない。
サンフェーデッドの調はF# Majorである。ところが、冒頭のギターはサブドミナントであるBmaj7で開始される。これによって、聴き手はしばらく聴き進めるまでB Majorだと勘違いする(注)。音楽理論に詳しい人ならHリディアだと思うかもしれない。
なぜサブドミナントで始める必要があるのだろうか。その答えは至極単純、透明少女がBMajorで書かれているからだ。透明少女の冒頭、田渕ひさ子のジャズマスターから鳴り響くBomit3のコード、あれを想起させるべく、サンフェーデッドはF# MajorのサブドミナントBmaj7から始まるのである。

また、歌声の小ささも重要な共通点だ。透明少女が収録されたナンバガの1stアルバム「SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT」は、どの曲も向井秀徳のボーカルが小さく、歌詞カードがなければ何を歌っているのかよく分からない。これは向井ではなく録音の問題なのだが、一方の篠澤広はとにかく声が小さい。囁いていると形容するにふさわしい篠澤広のボーカルは、サンフェーデッドにおいてかき消される寸前で成立している。
いくら彼女の声が小さいとはいえ、ここまでギリギリを攻めたミキシングは透明少女のサウンドバランスを意図的に参照したとしか考えられない。

さらに――これは邪推かもしれないが、「サンフェーデッド」MVにおいて、20秒や39秒付近に差し込まれているマンガ風の一コマ。あれは、「透明少女」MVで展開されるマンガ(0:52〜1:23ほか)とリンクしているように映る。


軋轢は加速して風景

「透明少女」歌詞より引用

早送りで行き交う人々の波を風景にして、スクランブル交差点の真ん中にひとり静かに佇む篠澤広。この光景は、サンフェーデッドのMVで何度も描かれる象徴的なシーンだ。この人々の波こそが、透明少女で歌われた「軋轢は加速して風景」ではないのか。人々の欲望を駆動力に加速する資本主義。そんななかで、天才的な頭脳を持ちながらも敢えて「いちばん私に向いてなさそう」なアイドル活動を趣味として楽しんでいる篠澤広だけが、その風景を傍目に超然と佇むことができるのである。


安心して,僕は帰らない,ほらね

「サンフェーデッド」歌詞より引用

向井秀徳の世界観の根底にあるのは「繰り返される諸行無常」である。現実と残像は繰り返し、記憶は妄想に変わり、透明少女は街の中へ消えてゆく。
だが、それに対して篠澤広は「安心して,僕は帰らない,ほらね」と笑いかけてくれる。「サンフェーデッド」の衣装である赫い髪飾りをつけた篠澤広は、太陽に向かって指を伸ばし、存在の証明として指紋を残す。


ここまで、「サンフェーデッド」が「透明少女」を意識したと見られる点を確認してきた。だが、本作が単なるパロディにとどまらず、ひとつの独立した作品として存在することは論を俟たない。このような素晴らしい楽曲を世に送り出した制作者たちに、深い敬意を表したい。


注:島岡和声に則れば(ロックの和声分析に持ち出すのはナンセンスであるが、そういった分析しかできないので許してほしい)Ⅰ7の和音はⅡ、Ⅳ、Ⅵにしか進めないので、理論に詳しい人がこの冒頭を聴いてFis durだ!と思うことは少ないだろう。ただし、理論上Ⅳ7の第7音は下方限定進行音なのに、楽曲中ではF#/C#と保留されているので、どのみち本楽曲は島岡和声の射程外なのだ(当たり前体操)。

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