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真性S女 アトリエ・エス と行く万葉のたび

第七十一回 三穗の岩屋篇

真性S女 アトリエ・エス と行く万葉のたび、本日は南紀の地を訪ねてみましょう。

三穗の岩屋…
和歌山県日高郡美浜町三尾、有田と田辺の中間あたりにある紀伊水道に面した集落で、合併前の三尾村は、19世紀末から20世紀前半にかけて多くの移民を輩出したことから『アメリカ村』として知られ、また後述のとおり今でも岩屋があるのです。

さてそういうことで、万葉集巻三307-309に、
博通法師の紀伊國に往きて、三穗の岩屋を見て作れる歌三首
と題される連作があります。

はだ薄 久米の若子が 座しける〔一に云ふ、けむ〕三穗の岩屋は 見れど飽かぬかも〔一に云ふ、荒れにけるかも〕

常磐なる 石室は今も ありけれど 住みける人そ 常なかりける

石室戸に 立てる松の樹 汝を見れば 昔の人を 相見るごとし

博通法師は伝不詳。
どこ調べても奈良時代の僧として出て来ず、また業績もこの三首を万葉集に残すとのみしか出てきません。

307。なんだか注が中に挟まってて読みにくいですね。
はだ薄 は、花薄の転とも、他の万葉歌にも例をみます。
久米の若子は、久米氏の若者、これまた詳細不詳で、それまた歌への興味を削ぐことになり、本歌は一般的に殆ど省みられないのですが、中々どうしてです。

後ろの2首に関しては詳述はいいでしょう。
308で移ろう人と永遠に変らぬ石室との対比をストレートに歌い、309で前に立ってる松の木にそれを投影する…
叙景と叙情の融和です。
かつてはカナダへの鮭漁移民で知られた三尾村も今は合併でその名はなく、なのに岩屋だけは昔と変ることなく人知れず、ポツンと残っている、
現代に生きている古典の面目躍如といったとこでしょう。

さて、歌の持つ儚げな雰囲気が少しでも、猛暑を和らげる事ができましたなら、お慰み、
そうなんです。

本稿も前稿と同じく、紙上納涼企画なんですよ。


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