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第2話 赤いクラブの設計図

米沢の夜は、雪が降る前がいちばん冷える。
肌ではなく、骨に刺さる冷たさだ。

久我隼人はクラブハウスの廊下を歩きながら、壁に並ぶ写真を眺めていた。
子どもたちの集合写真。ユースの遠征。社会人チームの勝利。
そして——資材置き場だった土地が、いまは芝になっている“変化”の記録。

アトレティコ米沢シティFC。
山形県米沢市を拠点に活動するクラブだ。
東北社会人1部リーグに所属し、毎年、昇格と残留の境目を行き来している。

外から見れば、ただの地方クラブかもしれない。

だが、このクラブは最初から「サッカーだけ」のために作られてはいなかった。

隼人は、クラブの玄関にある大きな看板を見上げた。
そこにはスポンサー名が、いちばん目立つ場所に刻まれている。

株式会社シトラスクリエイト。

彼の前職。
山形では知らない人がいないほど有名で、安く建てられることで人気のあった会社。
そしてかつて、モンテカルロ山形のメインスポンサーでもあった会社だ。

だが、ある事件が起きた。
消防設備の不備。
信用が揺らぎ、世間の目は一気に冷たくなった。

その時、会社はスポンサーから撤退した。

モンテカルロ山形から、離れた。
青の“正義”から、外れた。

そして、そのタイミングで隼人が声をかけた。

もう一度、山形のサッカーを、地元の手に戻しませんか

無謀に聞こえただろう。
社内には反対もあったはずだ。

だが、会社には会社の事情があった。
スポンサーを降りたままでは、「逃げた」と言われ続ける。
一方で、再び青に戻れば、「頭を下げて戻った」と言われる。

なら、別の選択肢はないか。

——その別の道を、隼人が差し出した



アトレティコが持つ最大の武器は、選手じゃない。

場所だ。

クラブハウス。
練習グラウンド。
選手寮。
そしてユースのための専用グラウンドと寮まで。


それらは、ハウスメーカーの資金で整えられた。

「何で、そこまで?」

そう聞かれるたびに、隼人は同じ答えを返す。

「スポンサーは、看板じゃない。仕組みの一部です

建ててもらう。
その代わりに宣伝をする。
単純な取引に見えるかもしれない。

だが、隼人の狙いは宣伝よりもっと深いところにあった。

選手が、地元で働くこと。

アトレティコの選手は、全員がプロ契約ではない。
プロ契約以外の選手は、ハウスメーカーやスポンサー企業の社員として働く。

朝は現場や営業に出る。
夕方から練習。
試合の遠征は、有休や勤務調整で捻り出す。

甘い世界じゃない。
だが、これが“地元還元”の形だった。

地元企業は人材が足りない。
クラブは資金が足りない。
選手は将来が不安だ。

それを、一本の線で繋ぐ。

地元で働いて、地元で戦って、地元で生きる

それを可能にするのが、このクラブの仕組みだった。



なぜ、そんな面倒なことをやるのか。

答えは、青のクラブ——モンテカルロ山形にある。

モンテカルロは、強い。
そして、正しい。

だが強くなるほど、スポンサーは県外企業が増えていった。
地元よりも資金力のある企業。全国規模の企業。

当然だ。
勝つためには金が要る。
金があれば、設備が整い、スタッフが増え、選手が集まる。

そして今、モンテカルロは資金力を武器に、県外の有名選手やネームバリューのある選手を揃えるようになった。

それは県民にとって誇りになる。
山形にスターが来た
そう言って、街は盛り上がる。

だが——

会長の久我直人は、その“盛り上がり”に違和感を持った。

それで、山形のサッカーは強くなってるのか?

勝っている。
人気もある。
だが、県内に第二の受け皿がないまま、青の一強だけが強まれば、選択肢は減る。

育成の出口が狭くなる。
切られた選手の居場所がなくなる。
地元企業のスポンサーが減り、地域の循環は弱まる。

正義が大きくなるほど、影も大きくなる。

直人は、その影を見ていた。

第二の受け皿が必要だ

「山形県のサッカーを強くするチームを作らなければならない」

それが、アトレティコの出発点だった。



隼人はクラブハウスのドアを開けた。
中には古いホワイトボードがあり、使い込まれたマグネットが残っている。

そこに、今季のメモが貼られていた。

「昇格」
「地域チャンピオンズリーグ」
「JFL(4部)」


目標は明確だ。
だが今年も、届かなかった。

そして今、監督がいなくなる。

このクラブは、勝つための仕組みを持っている。
だが、勝ち方の骨格はまだ手に入れていない。

隼人はペンを握り直した。

監督

その二文字の下に、もう一つ書き足す。

この仕組みを、勝利に変える人間

机の上には、資料が積まれている。
練習場の利用計画。寮の維持費。ユースの進学先。
そして、スポンサー一覧。

ここは、クラブであり、同時に地域の装置だ。

隼人は静かに呟いた。

「次は、外から連れてくる」

勝つために。
そして——山形の未来を増やすために

窓の外では、米沢の風が芝をなでていた。
まだ夜だ。

だが、夜明けの匂いが、少しだけしていた。

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