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第3話 炎上監督の名前

隼人は、勝った試合よりも、負けた試合の方が記憶に残る。

それは性格の問題ではない。
自分の中に、どうしても消せない“苛立ち”があった。

日本代表が負けた夜。
スタジアムの熱狂が、テレビの前のため息が、SNSの絶望が、ひとつの言葉で包まれていく。

——感動をありがとう

隼人は、その言葉が嫌いだった。

負けたのに、終わる。
反省も、責任も、次への約束も、曖昧なまま流れていく。

もちろん、選手たちは必死だ。
それは分かっている。
だが、“必死だった”だけで終わるなら、何も変わらない。

変わらないまま、また同じ負け方をする。

隼人はテレビを消して、暗い部屋で息を吐いた。
この憤りを、どこにぶつければいい。

——その時だった。

おすすめに流れてきた一本の動画。
サムネイルの文字は、刺々しい。

負けて感動? それ、逃げだろ

再生する前から腹が立った。
こんな言い方をするやつは、どうせ口だけだ。

隼人はそう思いながら、親指で再生を押した。

画面の中の男は、淡々と話していた。

冷静で、正確で、容赦がない。
根性論ではなく、距離と角度と配置の話。
戦術の話なのに、なぜか胸が熱くなる。

「走れてないんじゃない。走るべき場所にいない」
「気持ちが足りないんじゃない。設計が足りない」
「勝つ気があるなら、まず“基準”を作れ」


隼人は、背中を殴られた気がした。

——俺が思っていたことを、代弁している

ただの愚痴じゃない。
怒りを“言語化”して、解決策に変えている。

動画の最後に、チャンネル名が映った。

ブラックフットボールレイ
黒川玲司。


福島出身。元お笑い芸人。
炎上歴もあり、辛口で有名。

現場の指導者に嫌われ、SNSで叩かれ、それでも言い続けている男。

隼人は思った。

こういう人間は、現場に来たらすぐ潰される。
だが——潰されないなら、最強だ。

その日から、隼人は黒川の動画を観るようになった。
いつしか“観る”では足りなくなった。

コミュニティに入った。
議論に参加した。
夜中にノートを取った。
「サッカーの再定義」を、自分の中でやり直した。

勝つための技術じゃない。
勝つための哲学。
勝つための基準。

それは、アトレティコがいちばん欲しいものだった。

——もし、監督にするなら

隼人は、ふと考えた。

「彼がいいな」

思いつきのようで、思いつきじゃない。
胸の奥が、静かに確信を打ち始めていた。



だが、現実は現実だ。

黒川玲司は、元プロでもない。
指導者としての実績もない。
そして何より——監督ライセンスがない。

正確には、取得中だという噂があった。
講習を受けている。現場も探している。

その情報が本当なら、道は一本だけ開く。

「もし指揮が執れるなら、頼んでみる価値はある」

隼人は自分の考えを笑った。
東北1部のクラブが、炎上YouTuberに監督を頼む。
普通なら冗談だ。

だが、普通で勝てないから、普通を捨てる。

アトレティコは、そういうクラブのはずだ。

隼人はスマホを手に取った。
黒川のチャンネル概要欄。
そこに並ぶ連絡先。
ビジネス問い合わせ用のメールアドレス。

指先が、一瞬止まる。

——この一通で、クラブは変わるかもしれない。
——この一通で、笑われるかもしれない。

隼人は息を吸い直し、キーボードを叩いた。

件名を打つ。

「監督就任のご相談(アトレティコ米沢シティFC)」

本文は短くした。
長文は信用されない。営業の癖だった。

突然のご連絡失礼いたします。
アトレティコ米沢シティFC GM兼FDの久我隼人と申します。
貴殿の発信に強く共感し、ぜひ一度お話させていただきたく——

送信ボタンの上で、指が止まる。

隼人は、画面の向こうの黒川を想像した。
冷笑するだろうか。無視するだろうか。
それとも——

「現場に来る覚悟があるなら、話は聞く」

そんな返事をしてくれるだろうか。

隼人は送信した。

スマホの画面に、「送信済み」と表示される。
その二文字が、やけに眩しかった。

そして、数秒後。

通知が震えた。

隼人の喉が鳴る。

——早すぎる。

画面に表示された差出人名。

Kurokawa Reiji

本文は、たった一行だった。

「会いましょう。条件があります。」

隼人は、静かに笑った。

革命は——
本当に、次の段階に入った。

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