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【経営の話】疲れたとは言えない気持ちを想像する難しさについて#329

皆様、こんにちは。
佐伯です。

今週はずっと農福連携について書いています。
なぜなら実際のアウトプットはインプットの何倍もの情報量があるからです。
なので気付いた時に記録しておかないと記憶から消失してしまいそうになります。

ただし、自ら作業環境の中から問いを探す努力をする必要があります。
ぼーっとしてたら、あっという間に大事な時間が過ぎ去って行きますからね。

そんなこんなで、今日も農福連携事業に邁進してまいりました。

私の役割は入所者さんの安全を守ることです。
なのでひたすら除草です。雑草を見ると引っこ抜きたくなる癖がつきました(笑

今日も富山県は暑い日でした。
風は涼しくなってきたのですが、如何せん日差しが痛いくらいに強いのです。

そして今日は金曜日。
週の最終日です。
入所者さん達はとても楽しそうにして下さっており、元気に収穫をして下さっています。

しかし、元気そうに収穫をしているものの初めての取り組みでもあります。
また今週5日間全て快晴だったので毎日作業がありました。

正直なところ疲れていないはずがないと思いました。
ですが、疲れよりも収穫の楽しみの方が優って毎日来てくれているのだと想像します。

この辺が本当に難しいところで、「疲れた」「そろそろ休もうか」と言ったことが中々言えないのだと感じました。

ここを想像して私とB型作業所のスタッフさんとでブレーキをかけて体調を崩さないようにする必要があるのだと思います。

確かに毎日、決まった時間を作業してくだされば収量も安定しますし、習熟度も上がります。
ただし、これは一般的なOJTに近いものだと思います。

私たちが一緒にお仕事をしている入所者さん達は皆それぞれ個性を持っています。
特質すべき集中力と作業に対する強いこだわりはとても頼もしいです。
ですがそれは皆一様に違う持ち味があるということです。
一般的な組織で行われるOJTのような平準化ができないのです。

だから私やスタッフさんのように見守る側の人間は限界を超えてのめり込もうとする彼らを余裕を持って作業から引き離す必要があると感じました。

「今日は涼しいからいつもどおり作業しよう」
「今日は暑いので10時で終わろう」
「今日は週の後半なので休みにしてしっかりと体を休めよう」

などと、その時、その状況、参加してくれた入所者さんを総合的に勘案して何を判断すべきかを常に問いとして自分の中に持っておく必要があると気付きました。

実際に人にお仕事をお願いして、作業に従事してもらうことを経験してみてわかるのですが、昭和のような横並びの人事評価、職員教育って限界だと感じました。

そもそも、人ってみんな違っていて当たり前ではないですか。
昭和時代は個より統率のとれた集団の方が効率が良かったのは事実だと思います。
ですが時代は令和です。
それぞれ個性を持った人たちを統制するのでは無く、目指すべき目標を設定し皆でそこに向かって走り続けることがイメージ的に私はしっくりきます。

何かを成し遂げる事はいつの時代も大変な事ですが、そのプロセスや方法は時代によって変化して然るべきと感じます。

もしかしたら私たちは変革期にちょうど身を置いているのかもしれません。

それでは皆様、ご機嫌よう。

是非、ご購入をお願いします。

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