法務はなぜ「条件によります」と言ってしまうのか:「OK/NG二択問題」を生むズレと相互不信
0.免責
本稿は、筆者A0の個人的見解です。 特定の会社・個人・案件を前提としたものではなく、実務上よくある構図を一般化して記載しています。実例も、趣旨を損なわない範囲で抽象化・匿名化しています。
また、法的助言の提供ではありません。個別案件は、事実関係・社内方針・必要に応じ外部専門家の助言を前提にご判断ください。
1.はじめに
「で、法務としては結局OKですか?NGですか?」
法務なら一度は、こういった言葉か、類する内容を投げかけられたことがあるのではないでしょうか。
Xを見ていても、これに苛立つ法務担当者のポストはよく伸びますし、「少しは自分で考えろ」と言いたくなる気持ちも分かります。
ただ、これを全部「思考停止」と片付けるのは、少し危ないと私は思っています。
ここで起きているのは、相手が考えていないことそれ自体よりも、法務と相談者が別の次元で話していること、そして互いに十分信じ切れていないことが少なくないからです。
前者を「次元ズレ」、後者を「相互不信」として、今回は整理します。
2.「OK/NG」は、思考停止というより、次元ズレによる混乱である
法務相談で厄介なのは、相談者が欲しいのが、必ずしも「考えることを放棄したい」という意味ではないことです。
実務ではむしろ、 「この案件をどうやって進めてよいのか悩んでいる」 「上司や決裁者にどう説明すればよいか考えている」 「どの条件なら進められるのか知りたい」 といった、別の目的が隠れている場合があります。
つまり、相談者が欲しいのは、法的な思考プロセスを理解したくないというより、まずは目的達成なのです。
一方で、法務側はしばしば、「その結論は前提条件によります」 「法令上の論点はこう整理されます」 「まだ事実が足りません」 と返します。もちろん、それ自体は間違っていません。
ただ、ここで起きているのは質問と回答の次元のズレです。 相談者からすれば、「目的達成のための一要素である法的見解は何か?」という結論という次元で聞いている。
それに対して法務は、「どの前提で、どの論点があり、どう判断されるか」という判断の次元で返している。
ただでさえ、目的達成に向けた計算式を解くのに四苦八苦して、法務部分だけでも答えが欲しいところへ、法務が丁寧に「判断のための関数」を増やしてしまうと、相談者としては混乱してしまうわけです。
3.なぜその結論が必要かを探った上で対応する
なので、法務が最初に確認したいのは、「なぜその結論を欲しているのか」です。
これはよく言われる話ですが、実際には、その中身を前述の理由を軸に探ったり、一緒に考える必要があります。
ただし、中には法務のお墨付きを得たいだけ、という人ももちろんいます。
実際、私も、海外での大口取引を何とか成立させたい事業担当者から、かなり強い温度感でOK/NGを迫られたことがあります。
ただ、よく聞いてみると、私に渡されていたのは部分的な事実だけで、全体としては自社にかなり不利なスキームでした。
こちらから追加で事実を確認していくと、抜けていた前提がいくつも出てきました。
最終的には、スキームを多少修正してリスクを和らげ、その担当者の上長も巻き込んでリスク認識を共有し、メールで記録に残しました。
このように、一緒に考えていくというよりは、ガバナンスの問題として処理すべき場面があるので注意が必要です。
4.次に見るべきは、法務への不信感が残っていないか
別の事例ですが、異動直後に、ある法令について社内セミナーの講師をしたことがありました。
内容としては、法律と所管省庁の資料に基づいてかなり丁寧に整理したつもりでしたが、質疑応答で参加者の課長から「このセミナーの内容は間違っている」と強く迫られました。
よくよく聞いてみると、その方は生成AIの出力を見ており、それが私の説明と違っていたのです。
そこで、条文と所管省庁の資料を一つずつ示しながら説明したところ、最終的には「生成AIの方が間違っていた」と納得してもらえました。
これは単に参加した課長が理解していなかったわけではないです。
異動直後で、私に対する信頼がまだ少なく、恥ずかしながら、その場では生成AIの方が、私よりも一瞬だけ「権威」を持っていたわけです。
このように、正しい説明をしても、相談者が法務の説明を十分に信じ切れていないことがあります。
法務から見ると「完璧に説明した」と思っても、相手から見ると、 「本当にそのロジックで合っているのか」 「この法務の言うことを信頼し、自分の責任で上司や取引先へ説明してもいいのか」 という不安が残ります。
要は、相手は理解していないというより、納得していないのです。
このときに有効なのは、条文、ガイドライン、当局Q&A、裁判例といった一次資料です。
故に法務では六法を携帯せよ、一次資料を大切にしなさいと言われるわけです。
5.「相互不信」のジレンマ
片や法務は「考えているのか?」「都合の悪い事実を隠しているのでは?」「言質を取りに来ているのでは?」と感じてしまうことがあり、事業側も「本当に正しいことを言っているのか?」「適当に煙に巻かれているだけではないか」と受け取ってしまうことがあります。
このように「OK/NG」問題を紐解くと、どちらも信じていないことに端を発していることがあるのではと考えます。
しかも厄介なのは、この不信が双方にとって、ある意味では合理的に生まれていることです。
法務からすると、事実がよく分からないままOK/NGだけ返して後で問題になれば、自分も巻き込まれます。だから慎重になります。
一方、事業側からすると、法務の説明が正しくても、それを自分が上司や取引先に説明できなければ案件は進みませんし、そもそも複雑な案件についてあいまいに濁されているだけかもと不信感が生まれます。だから、単純な結論の要求につながります。
こうして、法務の慎重さが事業側の不信を呼び、その不信がさらに法務を慎重にさせるというループが起きます。
このループを切るには、相談者の目的に沿ったかたちで法務の見解を出す必要があります。
案件を進めたいなら、障害になっているものが何かを聞いて、法的観点から最善と思える内容をいくつか提案したり、一緒に議論して生み出す。
(もっとも、最終的にどのリスクを取って進めるかは事業・決裁者の判断であり、法務はその判断材料と選択肢を整える役割です。)
決裁が必要なら、案件を進める時と同様に、決裁者が気にする内容や想定問答をブレストして、説明資料の方向性を明確化していくことになります。
先程「事業部が計算式を解こうとしているところに、法務が関数を増やすと混乱してしまう」という話をしましたが、法務に関する関数は事業部へ変数を聞いた上で法務が解き、一緒に計算式の全容を解き明かしていくことが重要です。
もちろん、事業側の検討が不足していることや、前述した「お墨付きを得たいだけ」ケースもあるので、法務が共に巻き取ることが必ずしも正というわけではありませんが、少なくないケースにおいて、このようなプロセスを通して事業部、引いては会社が意思決定できるかたちへ導くことにより、信頼が醸成され、相互不信問題は減っていくのです。
6.まとめ
「で、結局OKですか?NGですか?」と聞く人の中には、たしかに責任転嫁したい人もいます。 ただ、その一言だけで全部を「思考停止」と呼ぶべきではありません。
多くの場合、そこにあるのは、 法務と相談者が別の次元で話していること、 そして、法務と事業間での相互不信です。
だから法務が先に見るべきなのは、なぜその結論が必要なのか。 どのように事業部の抱える課題を解決するのか。 課題解決の実績を通して、互いに十分信頼できているか。 だと思います。
「法務の仕事は白黒を言い渡すことではない」ことは読者の皆さんとも共通認識ができていると思いますが、それでは法務とは何なのか。
法務が「会社が意思決定と運用を整える機能」であることは過去記事でも繰り返し述べているとおりです。
だから法務が返すべきなのは、抽象的な「条件によります」で終わる答えよりも、「現状前提では何が論点で、どの条件なら進められ、誰がどのリスクを引き受けるのか」を、会社が動ける形に整理した答えなのだと思います。
