人生を問題集にしない:法務相談を「答案」にしないための自戒
0.免責
本稿は、筆者A0の個人的見解です。
特定の記事や個人を批判することを目的とするものではなく、公開されているnote記事を読んで、自分なりに考えたことを整理するものです。
また、本稿は法的助言の提供ではありません。個別案件は、事実関係・社内方針・必要に応じ外部専門家の助言を前提にご判断ください。
1.はじめに
先日、東大を卒業した方が、自分の進学、配属、転職、職場での苦労を長文で振り返り、「どこで人生を踏み間違えたのか」を整理している記事を見つけました。
かなり率直な文章で、後悔、怒り、嫉妬、恨みのような感情も隠さず書かれていました。
そのため、読み手によって受け止め方は分かれると思います。
ただ、私はこの記事を、筆者個人の選択の当否を評価するものとしてではなく、「人生をどのような構造で振り返るのか」を考える素材として読みました。
そのうえで、読みながら少し気になったのは、この記事は、法務の立場から考えると興味深い、と思った点です。
この記事には「人生を試験問題のように扱ってしまう」危うさが出ているように思えます。
これは、法務もまた、油断すると物事を問題のように扱ってしまう仕事だという点で関連性があると思います。
法務には、弁護士資格者を含め、試験に強い人が多いように感じます。
条文を読む。
論点を抽出する。
当てはめる。
結論を出す。
この動きは、試験問題を解く行為とかなり似ています。
だからこそ、油断すると法務の案件を問題のように扱ってしまうかもしれない立場にある自分に、自戒を込めて今回の記事を投稿したいと思います。
1.1 結論
結論を先に書くと、人生も法務も、試験問題のように扱いすぎると苦しくなる、という話です。
試験には、問題文があり、正解があり、採点者がいます。
しかし、人生は試験問題ではありません。
法務相談にも問いはありますが、その問いは表面的な形で現れているにすぎず、常に一義的な正解が用意されているわけでもありません。
だからこそ、法務としては、問題を解く力を持ちつつ、目の前の問いを立体的・多次元的に捉える姿勢を持ちたいと思います。
2.そのnote記事はどういう記事だったのか
引用した記事は、ざっくり言えば、筆者が自分の人生の分岐点を振り返るものです。
中学受験、大学受験、東大での進学振り分け、ゼミ選択、新卒就活、JTCでの配属、コンサル転職、再転職・・・。
それぞれについて、「あのとき別の選択をしていれば」という後悔が書かれています。
医学部に行けばよかった。
理系学部に残ればよかった。
実務に近いゼミを選べばよかった。
JTCに残ればよかった。
コンサルに転職しなければよかった。
こうした振り返りは、気持ちとしては分からなくもないです。
キャリアを振り返れば、多くの人において、「あのとき別の選択をしていたら」と思う場面はあると思います。
ただ、読んでいて引っかかったのは、人生全体が「正解ルートを外したかどうか」という見方で整理されているように見えたところです。
試験であれば、問題があり、正解があり、採点があります。
しかし、人生には最初から問題文があるわけではありません。
試験のような単一の採点者もいません。
何をもって正解とするかも、年齢、環境、時代、健康、家族、仕事、価値観によって変わります。
にもかかわらず、人生を「過去の分岐点で正しい選択肢を選べたか」という構造で見てしまうと、現在の自分が、過去の失点の合計のように見えてしまいます。
これは、かなりしんどい見方だと思います。
3.私がどのように感じたか
私がこの記事を読んで感じたのは、著者の個別の選択が正しかったかどうかではありません。
むしろ気になったのは、人生を「問題」として設定しすぎている点でした。
本来、人生やキャリアは、与えられた試験問題を解くものではなく、経験や後悔を通じて、自分が何を大切にしたいのかを作っていくものだと思います。
後悔はある。
失敗もある。
比較して苦しくなることもある。
ただ、その後悔は「ネガティブな減点結果」ではなく、自分の価値観を見つける材料であるはずです。
あのとき、なぜ悔しかったのか。
何を失ったと感じたのか。
何を大切にしたかったのか。
次は、どの条件だけは譲りたくないのか。
これらは、自分を見つめ直す材料になり得ます。
一方で、人生を試験問題のように見ると、「どの選択肢が正解だったか」に意識が向かい続けます。
その結果、過去の自分を採点し続け、精神衛生上はかなり悪くなります。
4.法務への示唆①:法務業務を試験問題として扱わない
ここから法務の話に戻ります。
法務相談は、一見、試験問題に似ています。
この契約条項は問題ないか。
この取引スキームは適法か。
この広告表現は景表法上大丈夫か。
この個人情報の取扱いは可能か。
この社内手続で会社法上足りるか。
こう聞かれると、法務は問題文を読んで答案を書くように動きたくなります。
もちろん、典型的な質問に対し、模範解答を出せることは前提条件です。
しかし、実務で本当に難しいのは、与えられた問題を解くことではなく、そもそも本質的にはどのような問題なのかを多面的に見極めることだと思います。
同じ「契約レビューをお願いします」でも、実務上は全く違うことがあります。
単発の物品売買なのか。
継続供給なのか。
相手の製造ラインに組み込まれる特注部材なのか。
検収後に不具合が出ると、下流製品全体に影響するのか。
物流、保管、品質保証、輸出管理、製造能力に制約があるのか。
社内の決裁権限や親会社・自分の株主・他の株主との関係に制限があるのか。
表面的には同じ「売買契約」に見えても、実務上は立体的です。
試験問題なら、問題文に必要な条件が書かれている。
しかし、法務相談では、問題文そのものが不完全であることが多い。
試験解答としては正しくとも、リソース、関係者、社内権限、事業上の優先順位、会社としてのリスク許容度によって、実務上の回答は変わり得ます。
ここを見ないまま条文だけを整えると、法的整理としては大きく外れていなくても、実務では噛み合わないことがあります。
5.法務への示唆②:法務像に絶対的な正解はない
もう一つ感じたのは、法務像にも絶対的な正解はないということです。
法務といっても、会社や部署によって求められる役割はかなり違います。
契約を速く正確に審査する法務。
M&Aや投資案件を支える法務。
規制対応や紛争対応に強い法務。
内部統制やガバナンスを整える法務。
Legal Opsとして、法務部門そのものを設計する法務。
どれが「正解の法務」かという問いには、あまり意味がないと思います。
会社の規模、事業内容、成長段階、リスク許容度、法務部門の人数、外部弁護士の使い方、経営層の期待によって、必要な法務像は変わるからです。
スタートアップの一人法務と、グローバル企業の本社法務では、求められる動き方は違います。
金融規制の強い会社と、BtoBメーカーでも違います。
上場会社の商事法務と、海外M&Aでも違います。
もちろん、法律知識、事実確認、守秘義務、誠実性、説明責任といった基礎は必要です。
ただ、その上にどのような法務像を組み立てるかは、会社と役割によって変わります。
引用した記事に戻ると、筆者は「どの進路が正解だったか」をかなり強く意識していたように見えました。
しかし、法務のキャリアでも似たことは起きます。
弁護士資格がある方がよいのか。
事業法務を極めるべきか。
M&Aをやるべきか。
英語をやるべきか。
内部統制やリスクマネジメントに広げるべきか。
マネジメントに寄るべきか。
スペシャリストになるべきか。
これらに唯一の正解はありません。
法務像は、固定された正解というより、その時点の会社と自分の組み合わせで作っていくものだと思います。
6.まとめ
引用した記事は、かなり感情の強い文章でした。
読み手によっては、受け入れにくい部分もあると思います。
ただ、個人のキャリアの成否を外から採点するのではなく、「人生を問題集のように扱うとどうなるか(苦しくなる)」を考える素材として読むと、示唆があるように感じました。
試験には問題文があります。
しかし、人生には最初から問題文があるわけではありません。
法務相談にも問いはあります。
しかし、その問いも表面的に受け止めた「問題文」が解決すべき対象とは限りません。
法務として必要なのは、問題を解く力を持ちつつ、目の前の問いを立体的・多次元的に捉えること、また、自分の法務像を固定しすぎず、会社、案件、環境、自分の能力に応じて更新していくことだと思います。
と、ここまで書きましたが、私自身も、物事をすぐ問題化しがちな側の人間です。
論点化したくなる。
整理したくなる。
優先順位をつけたくなる。
結論を出したくなる。
それは法務として必要な能力ではあります。
ただ、人生も仕事も、すべてを問題集にすると少し息苦しい。
今回の記事は、そのあたりを考えるための、少し苦い素材だったのだと思います。
