港から来た麻袋がクローゼットに入る
〜 麻袋でバッグをつくる 〜
この素材を使ったものづくりは
規模は違えど
たくさん有ると思います。
そして多くは
・リメイク
・アップサイクル
・再生
・再構築
・コーヒー好き
という表現を使う。
例え自分が言わなくとも
世間がそうカテゴライズしてしまう事も多い。
作っている側がそうだと思っているなら、周りからそうカテゴライズされていることは、むしろ求めていること。
だけどそれを思ってもいないし求めてもいない人が
ここにいます。
私です。
HOLOHOLO BIYORIです。
HOLOHOLO BIYORIが麻袋をカテゴライズするなら「ファッション」
バッグにすることの表現として
アップサイクルという言葉よりは
麻袋を「整える」という言葉の方が
しっくりくる。
でもこれがなかなか伝わらない。
世の中に浸透してしまっている麻袋の先入観が強いこと強いこと。
さらに厄介なのが
季節ものにカテゴライズされることも浸透してしまってる。
ここにも私は疑問を持っているんです。
まず、麻袋本来の世界について。
コーヒー豆の麻袋は
もともと
収穫されたコーヒー豆を
・港から港へ運び
・倉庫で長期間保管する
つまり、産業素材のひとつ。
夏、冬、雨季、乾季。
すべての環境をまたいで使われるものであり、
素材の立場からすると、
そもそも「季節の素材」という概念がない。
そして
麻袋を見て想像するのは
本来
季節感よりも
コーヒーの方が強いはず。
夏でも温かいコーヒーしか飲まない人もいれば
冬でもアイスコーヒーが好きな人もいる。
(そういえば少し前に、石田ゆり子さんも
「私は冬でもアイスコーヒー」とinstagramておっしゃってましたね。)
それなのになぜ「夏っぽい」と言われるのか?
実はとても単純な構造で、
素材の意味でも用途でもなく
ファッションの記号によるもの。
麻=夏の服
という先入観の蓄積が
大きく影響しているんだと思うんです。
はっきり言ってしまうと
これは、売り場の都合。
似たような事で言えば
流行りの色も
流行りのシルエットも
業界の誘導ということは
周知のことだと思います。
対してHOLOHOLO BIYORI の思考は
産業素材 → ファッション
・季節
・流行
どちらにも縛られない前提での思考。
そして面白いなと思うのが
私たちが作るバッグをご購入いただいたその先には
港から来た麻袋が、クローゼットに入る日常
が待っている、ということ。
ここで大事なのは、
例えば
開かずのダンボールをクローゼットに入れたままの日常って
多くの人が「嫌だな」と感じると思うんです。
だから麻袋が
ecoマインドや再生素材として分類されたとて
ただ「バッグの形にしました」というだけでは
HOLOHOLO BIYORI のマインドとは全く交わりません、
産業素材であった麻袋を使ったバッグが、自分のクローゼットに入っていることを、嬉しく、誇らしく思ってもらえる存在に仕上げる事が大前提。
麻袋を扱い始めたばかりの頃は
もっとナチュラルな存在に捉えていて
多少のゆらぎも
「麻袋なんだからそれでいい」
という感覚が強かったと思います。
どんなにお化粧して
綺麗に着飾っても
素顔を褒められた時って
特別な喜びがある。
そんな感じに近いのかなって思っていて、麻袋を伝えるには、
むしろ"ゆらぎへの理解"を広げなくてはって思っていました。
でもある時、
麻袋への理解そのものを、まずは地固めしなくてはいけないのではないか?
って思ってきたんです。
麻袋本来のポテンシャルを正しく伝える。
それは自分の中の疑問だったのかもしれないし、
クリエイターとして次の段階が見えてきたのかもしれない。
確実に分かったことは
自分がものづくりで表現したいことと、世間に浸透した麻袋のイメージが
あまりにも違いすぎること。
驚き、悲しみを感じた瞬間でもありました。
トライ&エラーを繰り返していく中で、
麻袋本来の姿を変えることなく
美しく表現する事に
ベクトルが向きました。
それが今、私が言っている
「整える」
という工程です。
この工程にたどり着くまでに
いろんな想いや気づきがあって
最終的に
「整える」とは
麻袋が自分で立つことを
私たちがサポートすること
だと思うようになりました。
麻袋がありのままの姿で受け入れてもらえるように。
素材を覆い隠すことはしない。
そのためにまず大前提必要なことは
素材への敬意を持ち
私たち自身が麻袋を信じる。
麻袋が理解されるという未来、
私たちには見えています。
整えるの反対は何でしょうか。
"整える"がポジティブだとしたら
反対語はネガティブな言葉でしょうか?
私は
整える の反対は【そのまま】
だと思っています。
これ、対極にある存在だけれど、
どちらも同じ軸を持っているんです。
麻袋を否定しない。
その個性を変えようともしない。
でも、放置もしない。
壊すでも
作り直すでもない。
どちらの言葉も
麻袋という素材を受け入れている。
これが HOLOHOLO BIYORI らしさでもあります。
マーケットインではなく、思想ベース。
世の中の多くは
売り場が季節を表現しています。
HOLOHOLO BIYORI が目指しているのは
素材からスタイリングを生み出すこと。
その場所がpopup です。
素材の見え方を動かしたい。
その想いと共に。
