見出し画像

自己紹介│15歳うつ病│30代海外就労 | 実家暮らしアルバイト |

これまでいくつか記事を公開してきましたが、まだきちんと自己紹介をしていませんでした。そこで今回は、これまでの歩みと、これからの展望についてじっくりと綴ってみたいと思います。

なお、書いているうちに思いのほか詳しくなり、後半は自己紹介の域を超えて有益な内容となりました。また、自分の過去についても踏み込んで記しており、少々赤裸々な部分も含まれています。そのため、一部はご興味をお持ちの方にだけ読んでいただけるよう、有料公開とさせていただくことを、あらかじめご了承ください。



簡単な自己紹介

私の人生は、決してまっすぐな道ではありませんでした。
15歳でうつ病を発症し、進学校を退学。薬物治療やカウンセリングに励みながら、通信制高校に編入してなんとか高校課程を修了しました。青春時代は「治療」と「焦り」と「劣等感」で埋め尽くされ、友人が部活動や進学で輝く姿を横目に、自分を責め続ける日々でした。

短大を卒業して社会に戻った20代。就職した先は偶然にもIT企業で、右も左も分からないまま必死に食らいつき、気づけば10年働き続けていました。社会で継続して働けたことは大きな自信となりましたが、裏では借金や報われない恋愛に苦しみ続けました。

30代前半には、新しい挑戦としてヘアメイクを学び、副業として活動を始めました。しかし心の奥のモヤモヤは消えず、自己啓発セミナーに依存する時期もありました。そんな中、ある男性との出会いが転機となり、生きづらさの根本と向き合えるようになったのです。

その後、私は10年勤めた会社を辞め、上京を経てベトナムでの海外就労に挑戦しました。文化も言葉も異なる環境に飛び込み、試行錯誤を繰り返す中で「違いを受け入れ、自分を見失わない強さ」を身につけました。3年半に及ぶベトナム生活は、人生に欠かせない財産となったのです。

帰国後はアルバイト生活に戻り、心と体を休めながらデザインやライティング、プログラミングや生成AIの学習に挑戦しました。その後、かつて病の中で絵や詩に救われた原体験から、「表現を通じて癒しや希望を届けたい」という思いに改めて気づき、クリエイティブ活動を開始し、今に至ります。

私の人生は失敗や後悔だらけですが、そのすべてが今の私を形づくっています。これからも転びながら、それでも歩き続けます。


ここからは、上記でお伝えした概要を詳しく綴りました。

  • 生きづらさの原因はなんだったのか?

  • とある男性から何を教わったのか?

  • うつ病に苦しんでいた過去がある私がなぜ海外就労を決めることができたのか?

  • 前向きに生きられる言葉の数々

私の歩みが、同じように悩んでいる誰かの支えや希望につながれば嬉しいです。


転んで転んで、それでも歩く

15歳、人生の最初の大きな壁

私の人生は、決してまっすぐな道ではありませんでした。
15歳のとき、うつ病を発症し、進学校を退学。そこから約5年間は治療を中心とした生活を送ることになりました。

高校1年の夏休みにアメリカへホームステイをしたときのことを今でも鮮明に覚えています。現地の同世代の人たちは、それぞれに目標を持ち、勉強やアルバイトにのびのびと励んでいました。その姿に圧倒されると同時に、自分の中で長い間押し殺していた感情が一気に溢れ出しました。「学校へ行きたくない」という気持ちをついに両親にぶつけ、不登校となったのです。

不登校の間、少しでも社会とつながろうとアルバイトに挑戦しましたが、心への負担はかえって大きくなり、ついにうつ病を発症しました。それからは薬物治療、カウンセリング、デイケアなど、あらゆる治療に取り組む日々が続きました。

復学を目指して努力を重ねましたが、結局もとの学校へ戻ることは叶いませんでした。その後、通信制高校へ編入し、少しずつ自分のペースを取り戻していきました。通算で5年という長い時間がかかりましたが、最終的には無事に高校課程を修了することができました。

青春時代のほとんどを「治療」と「焦り」と「劣等感」の中で過ごした私は、友達が進学や部活動で輝いている姿を横目に、立ち止まっている自分を責め続けていました。しかし、今振り返れば、その経験があるからこそ、同じように悩んでいる人に寄り添える自分がいるのだと感じています。

この頃の経験については、子育てをされている方や、悩みを抱える10代の方の参考にもなると思っています。ここでは概要だけをお伝えしましたが、いずれ別の記事で、もう少し詳しくお話しできればと思います。


20代、やっと社会に戻ったけれど…

短大を卒業した頃、うつ症状もようやく落ち着き、少しずつ自分のペースを取り戻していました。本当はもう少し休みたい気持ちもありました。けれど、これ以上親に生活を負担させたくないという思いから、ゆっくりする余裕もなく、流されるように社会へ出ることを決めました。そして就職した先は、思いもよらずIT企業。右も左もわからない中でのスタートでしたが、気づけば必死に食らいつき、10年間も働き続けることができたのです。あの頃の自分にとって、社会に出て継続して働けたことは小さくない誇りであり、確かに一つの自信につながりました。

しかしその裏で、私生活は完全にボロボロでした。計画性のないお金の使い方を繰り返し、気づけば借金を抱えるようになっていました。給料日が来ても、あっという間に残高は減り、心も財布も余裕のない生活。自分でもわかっていながら抜け出せず、借金が膨らんでいく日々でした。

恋愛も同じようにうまくいきませんでした。今振り返れば「これぞ黒歴史」としか言えない相手に振り回されることばかりで、幸せよりも苦しさが勝っていました。なぜそんな関係を選んでしまったのか――その答えは当時の自己肯定感の低さにありました。「どうせ自分にはこの程度しか選べない」とどこかで思い込んでいたからこそ、報われない恋愛ばかり繰り返してしまったのです。

生きづらさを抱え続けた私は、藁にもすがる思いで数えきれないほどの自己啓発本を読み漁りました。どうして自分はこんなにも不幸なのか、なぜ同じ過ちを繰り返してしまうのか。

ここから先は

5,344字

¥ 300

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が参加している募集

あなたの一押しが、新しい作品を生み出します✨ 応援していただけたら、とっても励みになります!