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風の動きが見える。

ニュージーランドから鹿児島へ移り住んで、一年ほど経った頃。私は、ここで腰を据えて創作をしていこうと決めた。

それから、工房にする家を探し始めた。
条件はいくつかあった。

織り機や道具一式を置ける広い空間があること。
その空間は工房として、教室として、
居心地がよさそうであること。
自然に囲まれていること。
そして、畑があること。

作品に使う藍は、目の届くところで自分で育てたかった。目の前には畑があった。周りは自然に囲まれていて、工房にできそうな広い空間もある。

「私はここが好きになる」
そう直感してここに決めた。

それから、自分の心が躍る空間になるように、かなり手を入れた。

ある日、ここに来た小学生の女の子に聞かれた。
「あきちゃんち、ジブリに出てた?」
なんだかうれしくて、
「うん」
と答えたかったが、
でも、うちはジブリには出ていない。
ごめんね。

この工房で迎える夏は、今年で二回目になる。

ここで暮らしていると、季節を肌で感じる。
工房の窓を開け放つと、
気持ちのいい風がすっと通り抜ける。
風そのものは見えない。
でも、木の葉が揺れる。
枝が動く。
雲が流れていく。
ここにいると、風の動きが見える。

鳥の声もよく聞こえる。
うぐいすもいる。
うぐいすは春に鳴くものだと思っていた。
ところが、ここでは七月になっても鳴いている。
しかも、春先よりだんだん鳴き方がうまくなっていく。毎年、七月頃になってようやく上手に鳴くようになるので、うちのうぐいすは、毎年生まれるのが遅いんだろうか。

夜もなかなか面白い。
周りには外灯がほとんどないので、
星がよく見える。

ある日、真夜中にふと目が覚めた。
外が異様に明るい。
「え、UFO?」
飛び起きて、外を見に行った。
UFOではなく満月だった。
月ってこんなに明るいんだ。
その明るさに驚いた。

そして七月の初め頃。
夜中の一時を過ぎた頃に、
今度は窓の外で何かが光っていた。
ほわん。
ほわん。
「……何?」
お化け?
またUFO?
蛍の季節はもう過ぎたと思っていたし、
私の知っている蛍とは光り方も違う。
怖くて固まった。
窓を開けるのも怖い。
外へ出て確かめるなんて、もっと怖い。
しばらくその光を息を止めて見ていた。
どうやら危険はなさそうだ。
そう判断して、そのまま寝た。
翌朝になって、
「あれ、ヒメボタルだったのかな」
と思った(思うようにした)。
ヒメボタルだと思ったら
あの光もロマンチックだったなぁと思った。

この場所で二回目の夏を迎えているけれど、まだ知らないことはたくさんある。

私は毎日、家の周りを散歩する。
お決まりのコースは、ぐるっと一周二十分ほど。
ただ家の周りを歩くだけなのだけれど、贅沢な散歩コースだと思っている。

途中には、トトロの森を彷彿とさせるような神社がある。その脇を上がっていくと、川沿いの土手に出る。土手に上がると、その先には山々が広がっている。
左手には川。
右手には田んぼ。
田んぼは季節ごとに色を変える。
その景色の中を歩いて、水路を抜けていく。
同じ道なのに、季節によって違う。
時間によっても違う。
特に危険なのが、日暮れどきだ。
一秒、一秒、夕焼け空の色が変わっていく。
「あと一秒後には、どんな色になるんだろう?」
そう思うと、胸が躍る。
これを見ないで帰るのは、もったいない。
立ち止まる。
空を見る。
横を見る。
振り返る。
また空を見る。
美しい。
二十分のお手軽コースが、
四十分になることもある。

散歩中は、人にもほとんど会わない。民家を通り過ぎて、もう誰にも迷惑はかからないだろうというところまで来ると、私はスマホを取り出す。
Spotifyでお気に入りの曲を流す。
イヤホンはしない。
そのまま直流し。
気分がいいと歌う。
たぶん半径百メートル以内には人が見当たらないので誰もいない。
いないと信じている。
また民家が近づいてくると、音楽を止める。
私も歌うのをやめる。
そんなことをしながら、毎日同じ道を歩いている。

そして春には、たけのこが出てくる。
私はたけのこが大好きなので、最初はうれしい。
ただ、全部は食べられない。
たけのこの成長は、ものすごく速い。
二日に一度くらい様子を見に行って、食べきれない分は大きくなりすぎる前に倒していく。
それでも、見逃す。
気づいたときには、
二メートルを超えているものもある。
今年の春にも一本あった。
大きくなりすぎたたけのこを倒そうと、
私はそれに抱きついた。
全体重をかける。
なかなか倒れない。
さらに体重をかける。
「お、もうすぐ折れる」
と思った、その瞬間。
たけのこは「ボキッ」と大きな音をたてて
ついに折れた。
私はものすごい勢いで地面に尻もちをついた。
目の前に星が飛んだ。
とっさに右手をついてしまい、
右手を負傷した。
私にとって右手は、織るにも、紡ぐにも、
何かをつくるにも大事な手だ。
その大事な右手を、自分で傷めてしまった。
しばらくギプスをすることになり、
その間は思うように作業ができなかった。
これはさすがに猛省した。
今年の春の教訓。
たけのこを甘く見てはいけない。

自然が好きで、草花が好きで、空が好きで、
こんな場所で暮らしたいと思っていた。
今はここで暮らしている。

夕焼けにつかまって帰れなくなったり、
誰もいない(と信じている)道で歌ったり、
真夜中の満月をUFOだと思って飛び起きたり、
正体不明(きっとヒメボタル)の光に怯えて窓すら開けられなかったり、
たけのこと本気で格闘してギプスになったり。

私は、そんなふうにここで暮らしている。
そして、ここで織っている。
工房の前では、作品に使う藍が育っている。

風が吹けば、
木の葉が揺れる。
雲が流れていく。

ここにいると、
風の動きが見える。

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