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新日本プロレス暗黒時代⑭雑草真壁の華が咲く!IWGP初挑戦!

2007年7月6日
IWGPヘビー級選手権試合
永田裕志 対 真壁刀義

NJPW WORLD で[2007 永田 真壁 ]で検索!
https://www.njpwworld.com/

苦節10年、辿りついたIWGP戦!
超満員後楽園の大歓声を受け
雑草真壁の華が咲く!

※以降、試合結果を含みます。


真壁、IWGPまでの道のり

1997年にデビューするも、以降は正直パっとすることはあまりなかったように思います。
同時期に活躍していた新闘魂三銃士の裏に隠れてしまってました。

2004年に「真壁 伸也」から「真壁 刀義」に改名するも跳ねるに至らず。

2005年のG1中にアキレス腱を断裂し長期欠場となってしまいます。

当時は「1レスラー」という感じでした。
熱のある戦いをしてましたがお客さんには伝わりきらず。
よくも悪くも古いタイプのレスラーでした。

バックステージで「次はぜってぇぶ〇してやる!」というような
一辺倒、というような。

感情を一直線に出すタイプだったんですが、
当時の新日本ではもう一クセ、ふたクセほしかったところです。

かといって、棚橋、中邑にクセがあったかというとそんなこともなく。

チャンス。
やつらは何回もチャンスがあるのに、どうして俺には。
これが一番しっくりくるかもしれません。

2006年に欠場から復帰するも
真壁の相手は当時新日本にあがっていたインディー戦士たちでした。
全く期待されていませんでした。

しかし

新日本では埋もれていた真壁も
インディーレスラー相手にすると身体つきが違う。
単純に練習量の違いが見てわかる。
デスマッチをやらせても強い。

インディー選手を蹂躙し、
デスマッチで流血するたびに
顔面を血で真っ赤にするたびに
真壁の華が芽吹く。

インディーで大暴れして勢いづいた真壁は
GBHを結成。

2007年、ファンの大歓声を受け、初のIWGP戦へ挑みました。

総括

真壁の試合で後楽園が超満員になりました。
期待されてなかった真壁で。
こんなにうれしいことはありません。

努力の賜物、継続は力なり。

インターネットが一般化した時期でもありましたが、
真壁がインディーでチャンピオンになった試合は写真があまり流れてなかったように思います。

週刊プロレスでチェーンを持って血まみれの真壁を見て、試合が見たいと思った記憶があります。

海外遠征に行ったわけではなく、日本にいながらも情報が出回らず、気づいたらキングコング。

新しいニューヒーローが求められてたの時期でもありました。
新日本の閉塞感をぶち破ってくれたキングコングはとてもカッコよかったです。

真壁人気はこの後しばらく、いえ、長いこと続いていきます。


棚橋中邑が前に立ち、後ろで真壁が支える。

新時代の夜明けが見えてきました。

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