見出し画像

電話の音

スマホになる前、まだ携帯電話だったとき、着メロというのが流行った。
私の最初のケータイは二つ折りで、パカッと開けて誰からの着信か確認するタイプ。
父が倒れてその容体急変に備えてのものだったから、気軽に「教えて」とか言われると、正直困惑した。
着信はもちろん、友人(そんなに親しくない)「おはよー」とか「いまココ」みたいなメールが苦手だった。
でも言えない。

着メロが流行ったとき、実家の家族と施設と病院と夫と仕事関係をメロディで分けた。
まあ珍しかったからやってみただけ。

実際、日中はほぼ会社にいるので、マナーモードにしておく。
通勤は電車だから無論のこと。
着メロの鳴る機会がない。
意味ないじゃん。

みんなそのことに気づいたのか飽きたのか、ブームはあまり持たなかったように思う。

固定電話はリビングに据えてある。
台所で調理しているとき、お風呂を洗っているとき、ベランダで洗濯物を干しているとき。
呼び出し音が聞こえて、あわてて戻ることがあった。

すると、それは実は夫が見ているテレビドラマの中の電話だったりする。
ちっ!紛らわしい。
そもそも、私が席を外していてリビングで固定電話が鳴ったら夫が取ればいいのに、彼は出ない。
電話や宅配便に出るのは、私の仕事なのだ。

固定電話の呼び出し音は、いくつかある種類から選べるのに気づいて、変更した。
これで、こちらのほうは解決。
いま、固定電話をかけてくるのは、ほぼセールス。
詐欺かもしれないので、登録してある番号しか出ない。

ケータイに関しては、家にいるときは、親や兄の危機を聞き逃してしまいそうでマナーモードを解除するようにしていた。
着メロではない普通の着信音。
知らない番号にも出た。
警察か病院かもしれないと思ったから。

しかし、緊急事態を知らせる電話はもうなくなったので、マナーモードにしっぱなし。
登録外の番号には出ない。

サイレントモードというのがあってやってみたことがある。
こちらは振動もしないけれど、着信やメールにまったく気づかないでいるのはそれはそれで逆に気になり、結局、マナーモードに戻した。

ところが。
夫がいなくなったいまは自分がつけっぱなしにしたテレビから、「ブーッ」というマナーモード独特の低いバイブ音が聞こえるたびに、「私のスマホか?」と勘違いをしてしまう。

初めてケータイを持ったときのように、限定された人たちだけでなく、いまはいろいろ記入したり教えてしまっている。
仕事上の問い合わせとか、着信はしなくてもメールで来る。
フリーメールの受信もバイブ音の設定にしてあるのは、何も気配がないと延々とほったらかしにする恐れがあるからである。
緊急性はないにしても、重要性がそれに比例しているわけではない。

現代劇のドラマの登場人物は、ほぼ全員スマホを持っていて、刑事も恋人たちも家族も学校もスマホで連絡を取り合う場面がある。
リビングにいるときは、近くにスマホを置いているのだが、テレビの中から「ブーッ」と聞こえると、つい自分のをチラ見してしまう。
私のじゃないってわかっていても、チラ見が癖になってしまった感じ。
それがなんか忌々しい。

会社だと、席を外した誰かのデスクで「ブーッ」が鳴ると、みんな一瞬、自分のかと思って確認するよね。
それで「誰の?」という雰囲気であたりを見回したりする。
あの奇妙な空気感をちょっと懐かしいと思う自分が不思議。
家だと忌々しいのに。

何十年ものあいだ、毎年この季節は私の繁忙期で、会社で年末調整をやっていた。
問い合わせの電話やメールがじゃんじゃん入って、対応に追われていた。
私はきっと、家でだらだらとテレビを見ている自分を不思議がっているのだろう。