お風呂の蓋
数年前のことだが、一人暮らしになってお風呂の蓋を新調した。
30年ほど使ったものを買い替えたわけだが、使おうと思えばまだ使えた。
でも、衝動買いした。
アウトレットで安かったから。
そして、今までのグレーの蓋と比べて、明るいビタミンカラーに憧れたから。

独りになってから、実のところ、お風呂に蓋は必要ない。
自分だけの都合で、入りたいとときに湯を張って、すぐに入ればいいし、次に入る人のために保温する必要もない。
だけど。
必要でないものを全部無くしてしまうような暮らしはしたくない。
生きていくのに必要でないものに価値を感じて、それを手に入れられる幸福。
どうしても欠くことのできないエッセンスというものは、そのほかのすべての無駄なものがあってこそなのだ。だから、無駄なものは、ほんとうは無駄ではない。
そして、何が無駄で、何がそうでなかったかは、きっとこの世に籍があるうちはわからないのだろう。
私は「反・断捨離」だから。
いろいろなものを抱え込んでは、片付かないと愚痴を言い、それでも、ひとつひとつのモノやコトに真摯に向き合うことへの誇りと、宿した思いを杖にして、歩いていきたいと思う。
嫌なことは忘れなさい、早く割り切りなさいと、人さまは言ってくださるけど、それをしない生き方が結構気に入っている。
そのための、元気が出る「無駄」たち。
スマホを機種変更してから、前のスマホをお風呂に持ち込んでyoutubeの音楽を流している。
畳んだ蓋にタオルを敷いて立てかけるのに慣れると、もう蓋のないお風呂は考えられない。
蓋に蓋でない役目を見出したわけだ。
まったく役に立たないものも好きだが、こういうのも悪くない。
