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生きにくい世を生きる

今年の漢字が「金」だそうだ。
はーん。

世界にとって、日本にとって、世の中にとって、自分にとってのそれらは、みんな違っているのは当たり前だけど、年々、その乖離が大きくなっている気がする。

多様性が叫ばれて久しいが、ネットなどでそれが可視化したせいか、他者との差を感じやすくなった。
それはたぶんある種の「生きにくさ」につながっていると思われる。

「今年の漢字」も「流行語大賞」ももう潮時ではないのか。
夏の「24時間テレビ」もね。

今年最後の通院日。
ビルのドアが開く20分前に着いた。
ドアを挟んで逆側に中学生に見える男の子とその母親(40代前半?)がやってきた。

すぐに言い争いが始まった。
息子はどうやら部活内でいじめに遭っているらしい。
母親は相手のことはもちろんだが、無抵抗の息子についても暴言が激しい。
おまえはなんで言い返さないんだ、おまえがそんなふうだからやられっぱなしなんだ、みたいに。
昭和のお父さんみたいだ。
しかも口調が怖い。

私や開門を待っているほかの患者の耳はまったく気にならないようだった。
ほかの患者は、彼らを避けて私の後ろに列を作る。
今日はいつもより人が多い。

息を継ぐ間もなく母親の「口撃」は10分ほど続いた。
もう、そのへんでやめといたらええんと違う?と口を挟みたいが勇気がない。
関西のイントネーションで浮かぶのは、そのほうがやわらかい気がするから。

同じような非難を繰り返した後、「あのときだっておまえは」と過去の話を蒸し返しだした。
もう非難するタネがなくなってしまったのに、自分の憤りが収まらないから何でも引っ張り出して攻撃しているように見える。

こういうとき他人が口出しすると火に油になるのだろうか。
でも、私の心は、一方的に攻撃されている息子に寄っていた。
ただでさえ部活でいじめられているのに、家ではいじめられたことを母親に責められる。
打ち明けることだって、きっと勇気がいったのだ。
私は、いじめられていることを母には言えなかったからね。

すると。
息子が突然反撃した。
母に負けない激しい口調である。
心が沸点に達したと思われた。

そのとき、クリニックのスタッフがドアを開けて待っている私たちを招き入れた。
口論はそれを機に止んだ。

待合室はすぐに満席になり、私の隣に母子が座った。
二人とも一言も口をきかない。

クリニックは心療内科で、院長は睡眠障害の担当だが、発達障害や、心の病のための不登校や不就労のデイケア施設も併設しているから、きっとそちらの専門スタッフもいるのだろう。
だから、子供と付き添いの親の二人連れの来院が多い。

この母親と息子と、どちらが患者でどちらが付き添いなのだろうかとふと思った。
いや、きっとそれぞれがそれぞれに「こんな母のせい」「こんな息子のせい」あるいは、「自分のせい」と思いつめ、どうにもならない憤懣と闘っているのだろう。

不意に母親が息子の名を呼んだ。
「〇〇ちゃん」と存外にやわらかい響きだった。
息子は顔を寄せて母の差し出したスマホの画面を覗き込む。
ひとつの画面に見入る二人の頬の緩み。
そのまま進めば笑みになりそうなところで、私は診察室に呼ばれて、二人の様子はそこまでとなった。

誰も彼も幸せに暮らしてほしいな。
安寧な日を。
漠然とそう思った。


家とは逆方向の電車が先に来たので、そちらに乗った。
思いと思い出が頭をぐるぐるする。
家族がいたからこその救いと、それゆえの負荷。

名所でない寺にも、紅葉の名残がある。
誰の気も引かない、誰もカメラを向けない命の営み。

今朝は、この冬初めてエアコンの暖房をつけた。
家族がいたときは、あれやこれやとやることの多いあわただしい師走だったが、それでも年末年始休暇に入るまでの初冬が、私は好きだった。
今も。

「〇〇とは」を手放した私に、「今年の漢字」の報が虚しく響く。