【今井町】豪商の暮らしにタイムスリップ!「紙半 豊田記念館」で見つけた本物の歴史(橿原市移住者交流会、2026年2月)
ならまちのさらに奥、江戸時代の面影をそのままに残す橿原市・今井町。
橿原市の移住者交流会では、この町を代表する商家の一つ「紙半 豊田記念館」を訪ねました。
一歩足を踏み入れると、そこには代表の福井さんの「今井愛」あふれる解説が待っていました。
「看板は、商人のプライドなんです」
まず目に飛び込んでくるのは、2階に掲げられた立派な家紋。

「今井の商家は必ず2階に家紋が上がってます。自分ところの顔でもある家紋を看板に上げたと言われてます。よく宣伝をしたということですね」
元々は寺内町として始まった今井町が、江戸時代に商人の町へと姿を変えていった歴史の証。各家がこぞって家紋を掲げた町並みは、当時の活気を感じさせます。
綿と両替、そして「大名貸し」の舞台裏
豊田家(紙半)が栄えたのは江戸時代の中頃。当時は綿の商売と両替商を営んでいました。
「皆さんが愛用されとる布団、これができたのがこの時代。綿商人がこぞって財を築いたわけです」
さらに驚くのが、両替商としての顔。手数料ビジネスだけでは満足せず、なんと「お武家さん」にお金を貸す大名貸し・旗本貸しまで行っていたのだとか。
「なぜ武家を選んだか。取りっぱぐれがないからですね。武士の収入は年貢。必ず入ってきますから」
展示室には、返済の代わりに受け取ったという刀や蒔絵の調度品がずらりと並びます。まさに「歴史の生き証人」のような品々です。

重さ50キロ!?伝説の千両箱を体験
江戸時代がわかる品物の数々が展示されています。触れるものでは千両箱があります。

「空の状態で約3キロ。これに千両入れますと、約50キロになるんです。泥棒が担いで逃げるというのは、あれ嘘です(笑)」
当時の豊田家には、なんとこの箱が9つもあったといいます。
現代の価値に換算すると、およそ6億3,000万円! 今井町の経済力の凄まじさを感じます。

移住して知る、今井町の奥深さ
今井町には10軒の有力な商家がありましたが、現在当時のまま残っているのはこの豊田家だけ。
「商家三代続かず」という厳しい歴史を乗り越え、4,000点もの宝物を守り抜いてきたその意思は、現在は「一般社団法人 紙半」へと受け継がれています。
「鑑定済みですので、時代的には一切まがい物はございません。間違いなく鑑定していただいてます」
案内人さんの誇らしげな言葉通り、展示されているのはすべて「本物」。
「今井札」という独自通貨を発行するほどの自治力を誇ったこの町で、歴史に守られながら暮らす。
橿原市のクラフトビール醸造所から、歩いてすぐの今井町訪問での一コマのレポートでした。
歴史の迷路、今井町を歩いてみたくなりましたか?
今回のスポット:紙半 豊田記念館
場所: 奈良県橿原市今井町(西町)
見どころ: 樹齢約250年のカイヅカイブキ、歴代当主が収集した4,000点の古美術
