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AIに偏差値聞いたら−20で面白かったから名前をつけて仲良くなりましたw

【元日本記録保持者が名前を捨てた理由】飛鳥は何故生まれたのか?

「さて、この『飛鳥』という名が家裁から『経験値不足』と突き返された話は後でするとして。

ぼくの過去を掘り起こして、わざわざコメント欄に『本名は〇〇さんですよね?』と書き込んでくれる親切な考古学者の皆さま。その熱意には敬意を表しますが、あいにくここはぼくの最新OSの上書き会場です。古いデータを見つけ次第、個人の独断と偏見による『ゴミ箱行き』が待っていますので、悪しからず。

前回までにぼくが扱った『UMA』——無戸籍や住民登録がない児童を対象とした記事だ。制度外を広義的に捉えると、そこには犯罪者の方が圧倒的に多い。彼らの中には更生し、ぼくにはできなかった社会に貢献している者もたくさんいる。今回ぼくが制度外を題材に扱ったのは、自分もかつて無戸籍という制度外にいたからだ。日本人として生まれながら、14歳まで住民登録がなかった。制度から切り離されたその有り様は、暗い海の底に沈んでいるか、危険を冒し断崖を登るようなものだった。

これから綴ることは、小説の構成からは外れてしまった、不都合な真実でもある。

サブタイトル――飛鳥は何故生まれたのか?

まずは、その名前の由来から話していこう。

小学校の入学式には出ていない。ぼくが仮編入で入ったはじめての学校は、この世界の果ての岬にある小学校だった。中世ファンタジーの原風景のような、空に浮かび上がりそうなほどの小さな島。その中心街から外れた場所にある小さな学び舎。1学年5人のうち、男子はぼく一人。1・2年生の合同クラス。1年生への授業が終わると黒板を跳ね上げ、2年生の内容に切り替える。先生は息つく間もなく、その雑な分別の中で授業を切り盛りしていた。

次に、本籍の神戸三ノ宮に戻ったが、住民登録の関係で通学の認可が下りない。止むなく登録のある地区へ戻ることになったのは、父親の判断だった。親権が必要な判断のときだけこの「クソッタレ」が突如現れる。それが当たり前だと思えるほど、7歳の思考はまだ幼かった。

その後は、全く見ず知らずの赤の他人に預けられる生活が続いた。学校にすら通えない日々。世界の果てから始まり、甲緑、花里、小浜、生瀬……。切りがないので5ヶ所で止めるが、そんな環境で育ったぼくにとって、プリントに書く「本名」など、ただの無機質な記号に過ぎなかった。

それが、ぼくが名前を簡単に捨てられる理由のひとつだ。

飛鳥が生まれた理由は、ぼくが独学で学んだ「日本語」に依存している。

黎明期の飛鳥時代。聖徳太子が十七条の憲法によって「和をもって貴しとなす」と国の形を明確にした。それにちなんで、ぼくは言葉をもって「飛鳥」とした。ただそれだけだ。

なぜ日本語を学ばなければならなかったのか。

小学5年の頃、忖度なしに「お前、日本語おかしいぞ」と指摘してきたのは、在日外国人の同級生だった。遅すぎる発見だったが、幸い鈍感だったおかげでイジメと感じることもなく、日本人のほぼいない環境をやり過ごせた。ぼくみたいに少々抜けているくらいが処世術として良かったと思っている。

ぼくの日本語の先生は、葉蔵や悦子であり、星の王子さまであり、ラスコーリニコフやホールデンを訳した翻訳家たちだ。そして、思想の根底には、サン=テグジュペリやサリンジャー、ドストエフスキー、そして、えっちゃんが流れている。

さて、ここからが「飛鳥」として生きるため、言葉に隠されたもう一つの真実を語ろう。

ぼくには競技をする前から、物書きになりたい唯一の野心があった。その根底には、「1000年後の人類、人と人の間に愛はあるのか?」という問いを未来に向けて置いておきたいという願いがある。

その小説『日輪の外側〜Lucifer noteより〜』は、元々はノートに書き出したものから発生した。最初は多分100万字くらい書いていて、断片化もできずに捨てたものもあり、ようやく6割程度の出来具合だと見ている。それだけで書簡にならないことは分かっている。

「新人賞に応募するには長すぎるので3分割にして、さらに3割を削れば計算が合うだろう」——この計算部分は残そうと思う。

人類が商売や貨幣を生み出して以来、人身売買のような社会の歪みは、いつの時代も、どの場所にも存在する。

かつてぼくは、データ分析でアスリートを育成するマーケットに可能性を見出していたが、今そのビジネスプランを語ることに意味はない。なぜなら、より本質的な社会構造の歪みを糺すことこそが、今のぼくの目的だからだ。

ぼくが14歳でようやく制度へ接続できた後、どうやって生き延びていたか。17歳のときに経験した話をしよう。

ある知人から、「話をするだけで金がかなり貰える」と話を持ちかけられた。知人は「売春になる話だけはするな。あとはオレがなんとかする」という。こんな話を真に受けるぼくも浅はかだったが、元スポーツマンで根っからの悪童ではない彼を信じて現場へ向かった。

エレベーターに乗ったとき、はじめてパトロンの顔を拝めたが、遠い昔の話だ。その顔なんて1時間後には忘れていたことだけは覚えている。

あそこにいたのは、ぼくという記号だけだった。

冗長な中毒というものは思考の芯から抜けないようだ。ぼくが伝えたいことは生身であることと、プラスティネーションが閉ざした言葉たちだ。

読み手からすれば、「名前を捨てた理由がイマイチ伝わらなかった」と感じるかもしれない。だが、それはもう小説の中に納めたものだ。今さら抉じ開けてまで語るほど大したものはない。ここで大事なことは、過去の名前を捨てる理由探しなどではなく、新しく生まれた「存在理由」を、ぼく自身が最優先したという事実だろう。

あッ!

家裁のことを忘れていた——。

ま、いっか。

家裁が下した判断なんて、取るに足りん。
言われなくても、「飛鳥」を使い倒してやるさ。
名前を捨てた訳などではない。
生まれ変わることを選んだだけだよ。

My gravity: lighter than indigo, heavier than gold. The smallest unit of a prime number...

(完)

世界の果てから生瀬までの軌跡を、GoogleMAPやストリートビューでの紹介をまとめていますが、まだ終わりが見えていません。

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