専業主婦は悪(無価値)なのか?
私は夫と二人暮らしの
子なし専業主婦(34)です。
一年前、
十年勤めた職場を退職して以来
専業主婦を続けています。
就活や、実際に再就職もしたけれど
長くは続かず辞めてしまい
つい最近
再び専業主婦に戻りました。
そんな私が、
<現代の専業主婦>について感じることを
思うがままに綴りたいと思います。
(なお、内容は私個人の意見です)
専業主婦は思いのほか生き辛い
その① 肩身が狭い
なんなのか。
この肩身の狭さは。
・洗濯は毎日
・基本自炊(全部一から作ります)
・天気が良い日は布団を干す など
会社員時代よりも
はるかに真面目に家事をやっているはずなのに、
何故か肩身が狭い。
家事だって立派な仕事のはずなのに、
「専業主婦は無職=ダメな奴」感が
半端じゃないのです。
そのように感じる理由として、
多分家事は
具体的なお金にならないからだと思います。
家事だけやっていたって
家賃は払えない。
家事だけやっていたって
野菜は買えない。
生きるためにはお金が必要。
だから
具体的なお金に繋がらない家事には
価値がないし
そんな家事しかやっていない私にも
「価値がない」と
自動的に思ってしまう。
自分の心がここまでお金に
支配されていたとは
思っていなかったので、
そんな自分の心に気が付いた時
正直かなりショックでした。

と言わんばかりの記事
ぶっちゃけキモイ(←あ)
その② 罪悪感が半端ない
生きていくためにはお金が必要であり、
お金(収入)に直結しない
家事だけをやっている自分
=役立たず
役立たずの自分
=悪
↑このような公式が
自分の中で成立しており
罪悪感を抱かずにはいられない…
という感じでしょうか。
また、
勤めに出ている人に対して
「満員電車に乗って辛そう」
「可哀想」
という感情が
少なからずあるのだと思います。
すると
・自分だけ稼がずに生きていて申し訳ない
・自分も稼ぐことで苦労を共にしなきゃ
・でも稼ぐことで苦労など共にしたくない
・稼ぎに出ていない自分でゴメンナサイ
→罪悪感へ
苦労しているお母さんの顔色を伺って、
本当は笑いたいのに笑うのを我慢している
子どもの心理と同じです。
これを専門用語で
「苦痛の共有」と呼ぶそうです。

その③ 子持ちの人や稼いでいる人に対する劣等感
今やワーキングマザーが当たり前の時代。
一方私ときたら、
稼ぐことも
子育てもしていない。
家事しかしていない。
こんな自分に
価値ってあるのだろうか?
子なし専業主婦
劣等感が半端じゃないです。

その④ 「お仕事的には大丈夫なのですか?」という質問に困る
ネイルサロンや美容院で聞かれる質問
第一位。
(このデザインや髪色は)
「お仕事的に大丈夫なのですか?」

私
「はい!ワタシ、専業主婦ですから!」ドヤア

…とは言えず、現実は↓
私
「ええ…まあ…はい。」(モジモジ)

なんでこんな質問に
モジモジしなきゃならないのだろう。
専業主婦って
そんなに恥ずかしいことのだろうか?
そもそも、なぜこの国は
万人がお金を稼いでいることが前提で
話が進むのだろう?
謎は深まるばかりです。
その⑤ 「今何しているの?」と聞かれた時に感じる気まずさ
「今何しているの?」
会社員時代は
仕事のことを答えれば済んだ
この質問。
しかし
専業主婦となった今は…
堂々と答えられない。
「家事しています」
↑こうやって堂々と答えたら良いのに…
出来ない。
ここでも
お金になること
(=収入に繋がる仕事)について答えねば!
という
無意識が発動している。
我ながら本当におかしいと思います。

その⑥ 人付き合いが減る
特に近所付き合いが減った現代においては
あるあるかもしれません。
会社員時代から
自宅⇔職場の往復で
他人との関わりは
唯一職場のみだった…
みたいな。
つまり仕事を辞めたら
他者とのコミュニケーションが0。
ある意味お金というよりは
他人との関わりをキープするための
仕事であり職場であったな、と。
これは専業主婦になって
初めて気付いたことです。
そして同じように思っている人は
意外に多いのではないか?ということも。
お金のためというよりは
孤独になりたくないから
仕事を続けるという人。
寂しさの穴埋めのための仕事。
仕事を無理に続ける、
その本質は<寂しさ>なのに
そんな自分を認められず、
「働かなければ生きられない!」と
生活費(お金)の問題とすり替えている人
実は結構居るのではないかなと
思ったりします。

必要とされている感があるのよね
<稼ぎが無い自分=悪>とジャッジしてしまう自分自身の問題
稼ぎがある自分=善
稼ぎがない自分=悪
という
条件付きのジャッジを
知らずのうちに下してしまう。
親の言うことを聞く子ども
=良い子
親の言うことを聞かない子ども
=悪い子
このように
大人の価値基準で
我が子をジャッジする毒親と
まったく同じことを
自分自身にやらかす私。
自分が自分の毒親になって
どーすんねん!
という話です。

仕事に逃げたくない
「そんなに悩むならとっとと働けばいいだろう!」
そう突っ込みたくなる方も
いらっしゃるでしょう。
わかります。
自分でもそう思います。
たしかにここで
稼ぎに出て収入を得れば
今の悩みからは解放されるでしょう。
しかしそれでは、
稼ぎがある自分=善
稼ぎがない自分=悪
という
ジャッジを下し自らを苦しめる、
自分自身から
逃げることになるのです。
目指すべきは
稼ぎがある自分
稼ぎがない自分
どちらでもOK!
(善や悪ではない価値観)
と、堂々と言える自分になることだから…

って言えるようになりたい…
今回は読者の皆さんの共感を
得られる内容にしよう!
と決意したはずなのに
結局いつもの通り
変わった内容になってしまいました。
しかし本当に真面目な話、
稼ぎが無い自分=悪(無価値)
という罪悪感や無価値感から
無理に働きに出ている女性は
多いのではないでしょうか。
心も身体も
お金に支配されている私たち。
2025年以降この流れが変わりますように…

