「“大丈夫”って言い続けていた頃の自分へ」
「大丈夫」でごまかしていた
あの頃の私は、「大丈夫」と言ってごまかすのが上手だった。
だからきっと、周りも気づかなかったんだと思う。
本当は、全然大丈夫じゃなかったことに。
訪問介護の責任者になってから、常に誰かの予定や体調、利用者さんの状況が気になって、会社用の携帯を手放せいでいた。
急な欠勤が出ればシフトを組み直し、
利用者さんやご家族様から連絡が入れば対応して、
職員から相談を受ければ、まず話を聞いていた。
休憩時間でも、休みでも関係なかった。
気づけば、“自分の状態”を考える時間は、ほとんどなくなっていた。
それでも、
「大丈夫です」
と笑顔で答えることが、当たり前になっていた。
休み方がわからなくなっていた
本当は、責任者になってからずっと気を張っていた。
初めての責任者という立場。
ほぼ立ち上げたばかりの事業所。
売上を作っていかなければいけない。
「ちゃんと回さなきゃ」
そんな気持ちが、常に頭のどこかにあった。
携帯が鳴るたびに、
「何かトラブル?!」
「誰か体調崩しちゃったかな?」
と、心が先に反応してしまっていた。
休みの日でも、完全に気を抜くことができなかった。
毎朝、まず会社携帯を確認することから始まり、
時計を見るたび、
「今は、〇〇と〇〇のケアの時間。大丈夫かな。」
と、頭で考えてしまっていたのだ。
でも、“責任者なんだから当たり前のこと”だと思っていた。
小さい事業所だし、踏ん張りどころと思っていたから。
自分のことよりも、利用者さんや職員を優先することが当たり前になっていた。
ただ、
誰かのことを優先するほど、自分の疲れを感じなくなっていた。
利用者さんからの一言
あの頃は、それが“頑張る”ということだと思っていた。
人員が足りなくて、ケア時間を変更するしかないとき、
少し無理をしてでも、
自分が動けばなんとかなるなら、その方がいいと思っていた。
ちゃんと休むという感覚すらなかった。
ルートが回るなら、半日休みでもいいとさえ思っていた。
連勤なんて当たり前の感覚になってしまっていたのだ。
「半日でも休みは休み」
「大丈夫」
そう自分にも周りにも言っていた。
周りは「しっかり休みなよ」と言ってくれていたのに。
もしかしたら、休むことが「甘え」だと感じていたのかもしれない。
だから、常に気を張った状態だった。
頭が休まらなくて、何をしていても仕事のことを考えていた気がする。
夜寝ているのに、仕事の夢を見て現実がわからず目を覚ます。
そんなことが増え始めた。
そんなある日、
利用者さんが、私の顔をじっと見ているのに気づいた。
「どうしました?」と笑顔で話すと、
「最近忙しい?」
「笑顔がひきつってる気がして」
と。
私はびっくりしたのを覚えている。
その時、自分ではちゃんと笑えているつもりだった。
いつも通りに接して、
いつも通りに仕事をしているつもりだった。
でも、利用者さんには伝わってしまっていたのだ。
自分が思っている以上に、余裕がなくなっていたことに、その時初めて気づいた気がした。
「大丈夫」と言い続けていたけれど、
本当は、少しずつ限界に近づいていたのかもしれない。
今振り返ると、
あの頃の私は、自分の疲れに気づかないふりをしていたんだと思う。
立場上、弱音を吐くことができなかったし、弱音を吐いてはいけないと思っていた。
自分が頑張って、引っ張っていかないといけないと思っていた。
でも、本当に必要だったのは、
「大丈夫」と言い続けることじゃなくて、
自分の小さな変化に向き合いながら、
「休みたい」
「ちょっと苦しい」
と、誰かにこぼせることだったのかもしれない。
今、あの頃の自分に伝えたい
あの頃の私は、
「大丈夫」と言うことで、自分を保っていたのかもしれない。
あの頃は必死だった。
利用者さんのことも、職員のことも、ちゃんと守りたかった。
だからこそ、自分のことは後回しになってしまった気がする。
でも今なら、あの頃の自分に伝えたい。
“全部ひとりで抱えなくていいんだよ”と。
少しくらい立ち止まっていい。
ちゃんと休んでもいい。
誰かに「苦しい」って言ってもいい。
周りに頼っていいんだよ。と伝えてあげたい。
あなたが必死に頑張っていることは、ちゃんと伝わっているから。
あの頃の私は、
周りを大切にすることばかり考えていた。
でも、本当は、
自分のことも、同じくらい大切にしてもよかったのだと思う。
