超巨大な星「ぎょしゃ座イプシロン」について
「スカイウォッチャー」1996年3月号の質問コーナーに、「ぎょしゃ座のε星って最近聞かないんですけど……?」という質問が掲載されている。
ぎょしゃ座εという天体の名前は、耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。かつて、一番大きな星としてよく名前があがっていた星だからである。ただ、確かに最近は聞かない。96年は別に最近ではないが。
子供の頃に読んだことのある、藤井旭「科学のアルバム 星の一生」には、半径が太陽の230倍あるアンタレスに続いて
まだ、おどろいてはいけません。アンタレスより、もっと大きい星があります。ぎょしゃ座にあるエプシロンという星は、ちょっけいが、なんと太陽の二千三百ばいもあるのです。(p51)
というふうに、太陽の2300倍の大きさがある星として紹介されていた。
また、「新訂 星・星座のひみつ」(学研、1992)のぎょしゃ座のページでも「びっくりするのはそのとなりのエプシロンという星でね。この星の周りを太陽のなんと二千三百倍もある暗黒星が回っているんだ。」と、その名前が出てきた。この2冊は、子供の頃に読んだことのある本だ。
なお、ときどき「イプシロン」がこの星の固有の名前であるかのように書かれていることがあるが、もちろんこれは星座ごとにつけられている名前だからほかの星座にもイプシロン星はあって「ぎょしゃ座イプシロン」が正しい。
子供の頃実家にあった「標準少年少女大事典7」(学習研究社、1963)という子供向けの学習事典だと、「太陽の二〇〇〇倍もある、とくべつに大きなぎょしゃ座イプシロン星は、目にみえる光はださず、赤外線だけをだしています。温度は一五〇〇度で、こう星としては最低のものです。」
というかたちでその名前が紹介されていた。これはもともと父親の子供の頃のものなので、時期的にはだいぶ古い。
図鑑だとどうだろう。昔家にあった学研「星・星座」だと、大きい方はアンタレス・ミラ・ベテルギウスが並んでいた。それぞれ太陽の230倍、440倍、900倍である。ぎょしゃ座イプシロンは出てこないが、時期の近い小学館「宇宙」を見てみると、具体的な大きさの値は書いていないもののぎょしゃ座イプシロンが描かれていたようだ。もう少し古い、自分が生まれる前の図鑑を探してみると、ジュニア博物館4「天体と宇宙」(偕成社)には「アンタレスの直径は太陽の直径の230倍、ベテルギウスは1000倍、イプシロンは3000倍です」という記述がある。他の図鑑もいくつか当たってみると、大きさ比べの図だけで具体的な数字がないパターンもあるし、最大でもベテルギウスという図鑑もあるのだが、いずれにしてもこのころにはぎょしゃ座のイプシロンは巨大な星ということで有名だったようだ。
ところが、冒頭のQ&A、回答編はこう続いている。
はいはい、アレですね。どーでもいいですけど、トシがバレますぜ、こんなこと言ってると。むかしむかしは、ぎょしゃ座ε星っていうのは太陽の3千倍もの大きさのバカでかい星だって、どんな図鑑にも載ってましたね。でも、最近は違うんです。3千倍ってのはまちがい(スカスカの薄い大気が広がってるんじゃないかってハナシも聞いたことあるなあ)で、せいぜい300倍の大きさの主星の周りを、太陽の5倍程度の質量の星が回っている連星だってことになってるみたいです。あなた、新しい本を買ったほうがいいですぜ。火星の模様はコケだって書いてあるんじゃない、その本?
96年の時点でけっこう古い内容となっていたらしい。
実は「科学のアルバム 星の一生」も、この本はときどきあまり明示されないまま改訂されているようで、図書館によってちょっとづつ発行時期が違っており、1992年に出た版だとこの箇所がなくなっている。いつ何回改訂されたのかがわからないのだが、自分が子供の頃に見たものはもう少し古い時期のものだったのだろう。今回調べたところだと、1970年のものと1982年のものはぎょしゃ座イプシロンの話が残っている。「新訂 星・星座のひみつ」のほうも、二千三百倍という数字が出てきてはいるけれど、まだもう少し続きがある。
まだよく分かっていないが、どうやらふつうの星ではなく、ちりのような物の大集団が円盤状に集まった物で、惑星のむれが生まれかけているのではないかという。
あるいは、この暗黒星は、ブラックホールが周りのちりをすいよせて行くすがたではないかともいう。
(p111)
ちょっとわかりにくいところがあるが、つまり広がったチリが太陽の2000倍くらい広がっていてそれが巨大な星のように見えているのであって、その正体は惑星ができかかっている現場か、あるいはブラックホールではないかというわけだ。つまり、星かどうかもよくわからないということになっている。あくまで「巨大な星」と断定しては書いていないのだ。
こうしてみると、80年代ごろにはすでにぎょしゃ座イプシロンが宇宙で一番巨大な星だという話はすたれていったということになりそうだ。もちろん、子供向けの本はけっこう長くいろんなところに残り続けるから情報としては残り続ける。だから自分がみおぼえがあるのだし。
しかしこれだけでは「なぜかつては巨大だと思われていたのか?」という話がよくわからない。たんに大きく見積もりすぎていたという話ではなさそうである。
本によって微妙に書き方にばらつきがあるので分かりにくいのだが、かつて超巨大な星だと思われていたのはぎょしゃ座イプシロンの伴星である。ぎょしゃ座イプシロンという星自体は3等星で冬の空に見える星なのだが、この星が超巨大と思われていたわけではない。この星はお互いに重力で結びついた相手を持つ連星で、周りを回っている星のほうが超巨大であると考えられていたのである。この星(伴星)は暗いどころか可視光線は出していないと考えられた。光を出している星(主星)のほうも巨大な星であることにはかわりない(太陽の100倍とかの半径がある)のだが、こっちの星はあくまで普通の星である。
この伴星、可視光では見えないために暗黒伴星などという名称でよばれていることもあった。ではそんな暗黒の天体がどうやって見つかったのかというと、食を起こすためにその存在が判明したのである。
連星は宇宙にはたくさんある。恒星の半分くらいは連星と言われることもある。そして、それをたまたまほぼ真横から見ているために公転にあわせて周期的に隠し合う食を起こす食連星も多く発見されている。食連星のおもしろいのは、明るさを変える様子を詳しく調べることによって、星の大きさや質量を見積もることができることだ。巻き尺も天秤も届かないところにある星の物理データを知るのに使えるのである。
ただ、ぎょしゃ座イプシロンは食変光星としても異色なところがある。それは、公転周期が異常に長いということだ。
連星の公転周期はさまざまである。長いものだと数万年ということもあって、こうなると望遠鏡で見ればちゃんと二つの星に分かれて見えたりする。ただこういう離れて回る連星が食を起こすことは非常に少ない。ないといってもいい。理由は簡単で、離れているほどより厳密に真横から見ないと食にならず、上か下を通過してしまうからである。食として観測されやすいのは、できるだけ星同士が近い場合。場合によってはお互いがくっついているような近さなら食になる可能性も高い。だから食変光星というのはたいてい公転周期が数日くらい。数十日でも比較的まれということになるのである。ところがこのぎょしゃ座イプシロンは、公転周期が27年かかる。
そのため、2つの天体の間は数十億kmくらいの距離がある。こんな離れていると食が起こるというのは普通はないのだが、この星の場合は伴星が非常に大きい。そのため多少ずれていてもなんとかなるというわけである。実際、この星の食は2年続くので、それは前を通る伴星が主星に比べて相当巨大であるということを示している。
この食の長さからわりだされたのが、太陽の2000〜3000倍という大きさだというわけである。
ただ、この伴星はただの星ではなさそうだということも古くからわかってはいた。超巨大な本として紹介されていたころの子供向けの本でも、シンプルに大きさ比べをしているだけではなくもう少し解説が加わっている本だとそのへんてこさについても紹介されている。
この星の表面温度は一五〇〇度ほどである。赤い光ーというよりも、赤外線だけを放射する温度のひくい星で、その外がわのほうは半透明である。主星をかくすとちゅうで、なかはすけてみえる。
食を起こすと言っても普通は隠す方の星もある程度光を出しているものだが、この星の場合はそうではなく、赤外線しか出していない。それをもとに表面温度をわりだすと異常に低い値が出てくる。超巨星といえばだいたい表面温度は低いのでつじつまはあっているといえばあっているのだが、それにしてもこんな表面温度が低い星はほかにはない。
このあたりは上で引用した科学事典でも書かれていたことではある。さらにへんてこなのは「半透明」のくだりである。そういえば「科学のアルバム」でも話はこうつづいている。
大きくなりすぎると、星ぜんたいがどんどんうすめられて、テレビの真空管のなかよりもっとうすくなってきます。
もし、その星がもえていなかったら、うっかり、ロケットでその星のなかをとおりすぎても、ぜんぜん気がつかないことでしょう。
真空管を例に出されても子供心にピンとこないのはともかく、ふくらみすぎてガスが希薄になり、向こうが透けて見えるくらいだという話が共通している。たしかに、超巨星というのは星の最後に膨らんだ状態だから、質量としてはさほどでもない、というのはよくいわれるところだし、実際そうだろう。でも、どうも「スカスカになるくらい膨らんでいる」がただの比喩というわけでもなさそうだ。
なんとなく当時は見過ごしていたのだが、こうしてみるといろいろと気になることがある。
実はこの星、前を伴星が通り抜けて暗くなるのはよいとして、その暗くなり方そのものが謎だったらしい。
というのは、食の間、隠されている方の星の光も見えているということだ。まあ、赤外線しか出していない巨大星にすっぽり前を覆われたら完全に見えなくなってしまうはずなのに、実際にはやや暗くなるだけなのだからそれはそうだろうと思われそうだが、これは問題なのである。
というのは、この星は食の真ん中あたりで一年ほどほぼ同じ光度を保つからだ。これは、日食でいうところの皆既食になっていて、しばらく伴星が完全に主星の手前をさえぎっている時期があるということだ。
でも、皆既だったらさっきも書いたように、伴星の光だけになってしまうはずだ。謎だったのである。
そこで提案されたのが、1938年にアメリカのカイパーらが提唱したモデルである。このモデルは、この星は大きくふくらみすぎて希薄になり、もはや半透明になっているという説である。たぶんこの説にもとづいて、大きいだけでなく半透明の異様にスカスカな星として書かれていたのだろう。
「天界」という雑誌の1938年3月号に、当時京都帝国大学教授だった山本一清氏が「星の大きさは?」という短文を寄せて色々な星の大きさについて書いているのだが、その終わりがけにぎょしゃ座エプシロンの話が出てくる。
最近になりまして、さらに大きい恒星があることが知れて来ました。それは、馭者星座のエプシロン星です。此の星は有名な変光星で、週期は二十七年といふ最長のものですが、米国ヤーキース天文台のオト・ストルーベ博士が研究したところによりますと、このエプシロン星は、太陽の三千倍の直径を有つ星であるといふことが発表されました。
多分日本で一番早かったのではないだろうか。(ストルーベはカイパーの共著者)
では、この描像がどうやってくずれていったのだろうか。
実は、まだぎょしゃ座イプシロンが最大の星の座にあった60年代に、すでにこの仮説はどうもあやしいということになってきていた。問題点としては、まずとにかく大きすぎる。何をいまさらと言われるかもしれないが、いくら超巨星といっても、ここまで大きくなると安定して存在できるメカニズムを説明するのが難しい。
もう一つの問題は、いくら半透明だからといっても、そこを通り抜けてくる光は伴星の大気を作っている物質と相互作用をしているはずなのに、その形跡がないことだ。特に、表面温度が1500度というのが本当なら、主星には本来ない分子のスペクトルなどが食の間だけ見えてもおかしくないのだ。主星は太陽より少し温度が高いくらいの星なので、普通表面には分子が存在できない。温度が高すぎて壊されてしまうからだが、1500度なら余裕で存在できる。にもかかわらず、やってくる光にはその痕跡がない。
といったようなポイントを問題視して、フアンという研究者が65年に提唱したのが、伴星は円盤の形をしているという説である。円盤のように薄く広がっていれば、それじたいが巨大にひろがっていても厚みはそれほどではなくてもよい。すると、上下から隠した星の光が漏れ出てくる。いっぽう、横切っている間、隠している部分の割合は変わらないので、皆既食のようになる。なるほどこれでも問題は解決するわけだ。
こうなると巨大な円盤の本体は別に半透明などということを仮定する必要もないし、それで光をだしていないとなるとこれは星なのかどうかも怪しくなる。ということなのかは分からないが、このころになるとチリの円盤の中心になにがあるかという話に論点が移ってくる。つまり、太陽の2000倍ある超巨星というのは、星ではない可能性がでてきたわけである。
71年には、巨大なちりの円盤のなかで惑星が生まれつつある様子だという論文と(コパール)、ブラックホールがちりを集めて吸い込んでいる様子だという論文(キャメロン)があいついで発表された。ここにきて、「星・星座のひみつ」の中で紹介されている2つのモデルがどっちも出てきたというわけである。
実はブラックホールというものじたいがこのころちょうどようやく「現実に存在しうるもの」として扱われ始めたので、そういう意味でも話題になったようだ。新しものである証拠に、キャメロンが「ネイチャー」に出した論文のタイトルは”Evidence for a Collapsar in the Binary System ∊ Aur”。collapseとは、「重力崩壊する」という意味の動詞だから、まあくだけていえば「潰れた星」である。つまりブラックホールのことである。このときにはまだ、ブラックホールという言葉が確立しきっていなかったのだ。
70年代〜80年代の本だと、これをふまえた取り上げ方になっていることが多いようだ。前川光「UFOと宇宙人の科学」だと、ぎょしゃ座イプシロンのことをいまから惑星ができつつある星として紹介されている。そして、ここでは2000倍の星というのは登場せず、太陽の200倍の星と、そこから離れたところにある惑星ができつつある大きなガスのかたまりという図が描かれている。冒頭で紹介した「新訂 星・星座のひみつ」は92年の本だが、新訂になる前の版は78年発行で、ぎょしゃ座イプシロンについては同じことが書かれている。
もちろん、タイムラグはある。1972年に小学校の先生向けに出た「小五教育技術」という雑誌には授業で使える雑学の紹介の一環で一番大きな星はぎょしゃ座イプシロンだとしてあるが、同じ頃に「朝日少年少女理科年鑑 1972年版」のブラックホール解説記事ではすでに新しい情報のほうが紹介されていたりする。
また、理科の授業のための授業書を発売している仮説社の1993年のニュースとして、それまで一番大きな星として紹介してきた「ぎょしゃ座イプシロン伴星」は「ガスのかたまりの周りをいくつかの星が回っている複雑な星で、大きな星ではない」のでベテルギウスに変更したという話が紹介されている。逆にいうと、93年まではそのままだったということである。
主星と巨大なチリの円盤からなる連星であるという構造の方で理解が定着してきた90年代はじめの岡崎彰「奇妙な42の星たち」(誠文堂新光社)になると、ブラックホール説はほとんど信じている人はいないとされている。キャメロンの頃はまだブラックホールにものが落ち込むときの物理について研究が進んでいなかったが、その後いわゆる「降着円盤」の研究が進むにつれ、ブラックホールにものが落ちる時に出てくるのはX線などのもっとエネルギーが高い光であることが明らかになってきたため、赤外線ばかり強いぎょしゃ座イプシロンはだいぶ描像にあわない。
もう一つ、ブラックホールと判断された理由には質量の大きさがあったのだが、この頃になるとそこまで大質量ではないことがわかってきたということもある。そもそもブラックホールであると判断する基準として、「光を出していないのに、質量が太陽の何十倍もある」というのがある。ところが、どうもそんなに質量が大きくないことがわかってきたので、それまでの考え方がだいぶくつがえされてしまったのである。
じゃあコパールの惑星説が正しいのかというとこれもあまり有力ではなく、というかチリの中に何があるかはその後もあまりよくわかっていないままではあったようだ。けれども、宇宙で一番大きい星の座も、ブラックホールの座も否定されてしまったぎょしゃ座イプシロンはこのころからあまり語られなくなってしまったらしい。そんな時期に書かれていたのが、冒頭の「ぎょしゃ座イプシロンって最近聞かないんですけど」というわけだ。
なお、最終的に円盤の中心にあるのはB型のふつうの恒星であることがわかった。チリをまとっているのはヘンテコな話だが、これは主星がもう一生の最後に近く、物質を放出して内側が見え始めている星であるため、この放出した外層をB型星が降着させてしまったためである。普通なら放出して惑星状星雲のタマゴにでもなっていくはずのところが、相手の星が巻き取ってしまっているわけだ。これはこれでかなり面白い星であるということがわかったわけだが、今回はこれはあくまでエピローグということになる。
