体制転換はなぜ愚行なのか:イラン・イスラーム共和国、ハーメネイー師のファトワーの重さ
核依存体質
フォルドゥ、ここ数日ですっかり有名になったイランの地名だ。米軍が真夜中のハンマー作戦で核兵器開発拠点壊滅の対象となったからだ。そこには、イランがウラン濃縮度を60%から90%に引き上げ、いつでも兵器としての核をもちうる状況にあって、持つことを希求してもいるから、それを潰すことは、イスラエルにとっても、同盟国アメリカにとっても、また西側にとっても正義であるという前提だ。
これらは、圧倒的な暴力によってしか正義も平和も実現しないという現在の為政者とその支持者のみに通用する前提でしかないのだが、あたかも普遍的な真実であるかのように思い込まされていることになかなか気づけない。
ハーメネイー師は核否定論者
ハーメネイー師、これもまた昨今の報道においてその顔写真とともに言及される現イランの最高指導者である。反米主義者という文脈でしかとらえられていないので、ほとんど言及されないが、彼には、現在の「暴力こそ正義」の現状にあって、稀有の平和主義者の側面がある。それを示すのが、核兵器、大量破壊兵器に関する彼の「法的意見(ファトワー)」である。1990年代にはじめて表明されて以来、内外に向けて繰り返されてきた主張をまとめれば次のようになる。
「我々は核兵器の製造・蓄積・使用をḥarām、すなわちイスラーム法によって明白に禁止されるものとみなす。人類をこの大きな災害から守るのは義務である」[1]
このファトワーには、文書としての全文の公表が確認できないため、懐疑論があることは否定しないが、同師が、徹底した核兵器否定論の持ち主であることに疑いの余地はない。
定言的命令としての核禁止
しかも、このファトワーが、政教一致で、しかも「法学者による統治」を掲げるイラン・イスラーム共和国の最高指導者から出されているという点がとにかく重要なのである。
イスラーム法の必須の特質上、聖典クルアーンとムハンマドの言行に反する判断は容認されない。しかし、核兵器は、クルアーンの文言には含まれてはいない。しかし、クルアーンとスンナに即した判断を発見しようとする際には、判断者の解釈が介在することになる。意外と思われるかもしれないがイスラームの教えの核心は押しなべて人道的であるため、核兵器に対しても容認論には傾かない。
そのなかにあっても、このハーメネイー師のファトワーは、明確に核兵器の製造、使用を禁じているのだ。極めて高い人道性と倫理性に裏打ちされたイスラーム法の法の法発見(イジュティハード)の所産なのだ。したがって、この見解には、イランの国会の議決といえども及ばない絶対服従を強いる、拘束力があるのだ。
その人を見よ!
核兵器を放棄させるために体制転換が必要などと言うロジックは、あまりに表層的だ。それは、核兵器を持つことによって体制を維持し、体制の内外で人命も人権も奪う者たちの物言い。宗教が人々の倫理を醸成することを歴史の中に置いてきてしまった人々ならではの発想とも言える。
だからといって、イランの政治体制のすべてを肯定し、美化するつもりはない。しかし、この核兵器にかんするハーメネイー師のファトワーにかんしては、国際社会はむしろ、これを最大限に重視し、そこから実践を引き出していくことが求められているのだ。
一縷の望み
既に賽は投げられてしまったのかもしれない。しかし、核兵器に対する行動に倫理的かつ人道的な姿勢こそ、現在の国際社会が政治体制の違いこえて共有すべきではないのか。被爆国に暮らし、戦争の愚かさに、折に触れ振り返ることのできる、ひとりのムスリムとして、イランを暴力だけがものをいう普通の国に引きずり込むことはやめていただきたい。それこそ、ハラームだ。
日本政府に核兵器に対する明確な禁止の意思と戦争による惨禍を拡げないつもりがあるのなら、米国との外交においてそのことを表明し、イランの現体制による全面的核禁止のファトワーの実効性を引き出すことが、もう一つの同盟国としての、いや唯一の戦争被爆国の義務であると強く思う。核兵器は暴力そのもの、神の教えはそれを受け取り、読み解き、行動する人によって平和の揺りかごになりうるのだ。フォルドゥの真実はいずこに。アッラーフ・アアラム(アッラーはすべてを御存知)
脚注
[1] ここに要約を示したファトワーは、ハーメネイー師が1990年代以降、繰り返し国内外に向けて表明してきたものであり、2003年には国際的にも注目された。たとえば、2005年8月のIAEA(国際原子力機関)理事会において、イラン政府はこのファトワーの存在を公式に紹介し、ハーメネイー師の言葉として以下のように引用している:
We believe that besides nuclear weapons, other types of weapons of mass destruction such as chemical and biological weapons also pose a serious threat to humanity. The Iranian nation which is itself a victim of chemical weapons feels more than any other nation the danger that is caused by the production and stockpiling of such weapons and is prepared to make use of all its facilities to counter such threats. We consider the use of such weapons as ḥarām and believe that it is everyone's duty to make efforts to secure humanity against this great disaster.
「私たちは、核兵器に加えて、化学兵器や生物兵器といった他の種類の大量破壊兵器もまた、人類にとって深刻な脅威をもたらすと信じている。
化学兵器の被害を受けた当事国であるイラン国民は、このような兵器の製造と備蓄によって生じる危険を、他のいかなる国の国民よりも強く感じており、これらの脅威に立ち向かうために、自国のあらゆる手段を用いる用意がある。
私たちは、このような兵器の使用をハラーム(イスラーム法において明確に禁止されたもの)と見なしており、人類をこの大いなる災厄から守るために努力することが、すべての人々の義務であると信じている。」
要約すれば、
“We consider the use of such weapons as ḥarām (forbidden), and believe that it is everyone’s duty to make efforts to secure humanity against this great disaster.”
(我々はそのような兵器の使用をハラーム(禁止)とみなし、人類をこの大きな災厄から守るために努力することが万人の義務であると信じている。)
この文言は、ハーメネイー師の公式サイト(https://english.khamenei.ir)にも掲載されている。また、同内容は2012年、アメリカのオバマ政権下でも外交的対話の一材料として確認された。文書化されたファトワーの全文は公開されていないが、イラン体制内で最高権威者によって明示的に繰り返されてきた宗教的判断であるため、イスラーム法的には強い拘束力を持つとされる(https://en.wikipedia.org/wiki/Ali_Khamenei%27s_fatwa_against_nuclear_weapons)。
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