歴史架空鼎談:政党政治の「骨格」と「血流」――原敬・鳩山一郎・田中角栄が語る、権力と国際秩序の正体――
【出席者】
原 敬: 「平民宰相」。1856年生まれ
鳩山 一郎: 自民党初代総裁。 1883年生まれ
田中 角栄: 第64・65代首相。 1918年生まれ
第一章:政党とは「権力」への対抗手段である
原:
(静かに茶をすすりながら)
「……今の議会政治を見ていると、政党が単なる『選挙互助会』に見えてならん。私が『政友会』という器を造ったのは、決して仲良しグループを作るためではなかった。藩閥や軍部という、民意を介さぬ特権階級に対峙し、それらを『議会』という土俵に引きずり下ろすための武器だったのだ。政党政治の始まりは、既得権益という巨大な壁を崩すための『反権力』のエネルギーだったことを忘れては困る。」
鳩山:
「仰る通り。私は戦後、吉田(茂)君のような官僚出身者がGHQの威光を背に政治を私物化するのを黙って見ていられなかった。政党の本質は、国民の代表たる政治家が、自らの意志と哲学で官僚機構を使いこなす『自主独立』にこそある。官僚の書いた筋書きをなぞるだけなら、議会など不要だ。政党の意味も政治家の役割も、みんな最初の志を忘れている。哲学がない。」
田中:
(ガハハと笑いながら)
「だが鳩山さん、哲学だけじゃ官僚も政治家も動かねえ。特に官僚というのは、数字と前例の塊だ。俺は原さんが教えた『数と金』を徹底的に磨き上げた。現実を動かすための数だ。衆議院で圧倒的な数を持ち、予算の実権を握る。その実力があって初めて、官僚を『国民のための道具』として駆使できるんだ。法案だってたくさん通した。そのためにがむしゃらに法律も勉強したのさ。そして地方の暮らし。一人ひとりの要望に応えるために駆け巡った。そのためには力が必要だっちゅうことだ。政党政治ってのは、泥にまみれた実力の行使だよ。」
第二章:ロッキード――反権力が触れた「本当の尻尾」
田中:
(煙草を深く吸い込み、目を細める)
「……俺のロッキード事件を単なる汚職だと思っているうちは、政治の本質と裏側は見えねえよ。ありゃあな、国内政治だけの話じゃねえんだ。俺は1972年に毛沢東、周恩来と会い、日中国交正常化をやった。アメリカより一歩早く、中国と握ったんだ。さらに翌年の石油危機で、俺は中東との直接パイプを太くし、豪州の資源にも手を伸ばした。資源と外交――国家の血流をアメリカの管理下から少しでもずらそうとした。それが、奴らの言う“尻尾”だったんだ。今となってはわかるが、俺の疑惑からの失脚も、正に日米政治闘争だった。」
原:
「独自外交は、常に既存秩序との凄まじい摩擦を生む。政党が国内の権力掌握だけでなく、国際構造の再配置にまで手を伸ばすとき、そこには目に見えない巨大な圧力がかかる。田中君、君が清廉だったとは言わんが、あの事件の本質は倫理だけではない。政党が国家の骨格を再設計しようとしたとき、必ずどこかの覇権(重力)に触れるということだ。」
第三章:2009年民主党政権――理想と重力の衝突
鳩山:
「話題を現代に移せば、私の孫(由紀夫)と小沢(一郎)君が2009年に政権交代を起こした時、世間は彼らの不仲を書き立てた。しかし、あれは分裂ではなく、ある種の役割分担だったのだ。由紀夫が理念を語り、小沢君が制度と『数』を設計する。これは、原さんの『戦略』と田中さんの『組織力』を合わせたような、大きな可能性を秘めた二重構造だった。」
原:
「しかし、彼らもまた『別の重力』に触れた。沖縄の普天間問題だ。鳩山由紀夫君の『最低でも県外』という言葉は、単なる失言ではない。戦後日本を規定してきた日米安保構造という、触れてはならない聖域への挑戦だったのだ。その瞬間、官僚機構、米国、既存メディアという三つの重力が同時に牙を剥いた。」
田中:
「外交は重いんだ。国内でどれだけ多数を持っていても、安全保障の領域では別の重力が働く。マスコミとの関係も気をつけなくちゃいかん。そしてあの民主党瓦解の引き金は、2010年、菅直人が代表選で勝利し、消費税議論を前面に出した瞬間に引かれた。民主党政権の重心が『理念』から『財政再建』という既存の官僚ロジックへと引き戻された。あの瞬間、民主党政権の命運は尽きたと言っていい。あれは民主党が官僚にコントロールされたことだ。」
第四章:インフラという「血管」の再定義
原:
「田中君、君が全国に鉄道と道路を走らせたのは、単なる利益誘導ではなかったはずだ。私がかつて鉄道網を広げたのは、日本という国土を物理的に繋ぎ、情報と富が循環する『国土計画』を作るためだった。それこそが政党を使い国民のために権力を行使するやり方だったのだ。」
田中:
「そうだ。今はデジタルだ通信だと言っているが、その根っこにあるのは常に『エネルギー』だ。エネルギーを他国に握られたら、どんなに立派な議会があっても主権なんて守れねえ。情報インフラもエネルギーも、現代の『見えない鉄道』なんだ。政党は、この国の背骨を数十年先まで見据えて引かなきゃならん。だが、その骨格を動かそうとすれば、また国際的な重力に触れることになる。政党政治は、その摩擦に耐えうる覚悟があるかどうかのゲームでもある。」
第五章:なぜ「友愛」の哲学は霧散したのか
鳩山:
「そこで、私の掲げた『友愛』の話をしたい。これは決して甘い博愛主義ではない。個々人が自立し、かつ他者を尊重するという、民主主義を動かすための『魂』のことだ。由紀夫の時もそうだったが、なぜこれが浸透しないとか残念でならん。ソ連(ロシア)であろうと、米国であろうと、中国であろうと、その魂をもって関係を結ぶ理念が伝わり切れていない。」
原:
「それは、君の言う『友愛』が、あまりに高潔すぎたからかもしれん。政党が利害調整の道具に成り果て、国民が『何をもらえるか』ばかりを見るようになると、魂の通い合いを説く言葉は届かなくなる。小沢君が選挙制度という『骨格』の変更にばかり執着したのも、この『魂』の部分をシステムで代用しようとしたからではないか。小沢君は制度を信じすぎた。制度は器であって、中身ではない。」
田中:
「政治は理屈じゃねえ、情と恩だ。小沢は俺の隣で『数の力』は学んだが、権力の『愛し方』を学ばなかった。人と人の『情』も軽視しすぎた。政権交代という仕組み(流)は作ったが、そこに流す血が通っていなかったんだ。リーダー同士の魂が通じていないのに、国民と通じ合えるはずがねえ。可愛い見所がある奴だったが。」
最終章:自由民主党への遺言
原:
「……さて、我々がつくり、繋いできた『自由民主党』だが。今の姿を見ていると、かつて我々が倒したはずの『藩閥』そのものに変質してしまったように見える。国民と向き合うのではなく、党内の身分を守ることに汲々としているように映る。議会だって健全ではない。自民党に必要なのは、政党とは何かの原点を取り戻すことだ。自分たちが特権階級になってどうするんだと言いたい。」
鳩山:
「私は日本に真の政党政治と議会制民主主義が定着しなかった現実が不安でならない。党の中に『自由』があるか。『民主』があるか。そして国民のために真の約束事があるのか。かつて私が掲げた『自主独立』の精神は、今や空疎なスローガンにすらなっていない。しかし、期待も捨ててはいない。保守とは、ただ古きを守ることではない。守るべき価値のために、自らを常に変革し続ける勇気のことだ。」
田中:
「ガハハ、期待なんてのは、絶望を通り越した後にしか生まれないもんだ。今の自民党は、組織としては完成しちまったが、その分、汗をかくのを忘れてる。今回も選挙は大勝したそうだが、今のままで国民の暮らしはよくならない。ましてや国家運営は迷走するだろう。だがな、日本人はギリギリまで追い詰められなきゃ動かねえ。自民党が本当に壊れかけた時、そこから泥臭く這い上がってくる『化け物』が必ず出てくる。俺は、その一人の出現を待っているよ。」
原:
「政党とは、時代の濁流を制御する『水門』。そして権力とは、国際秩序という荒波の中で舵を取る孤独な作業だ。自民党が単なる既得権益の堤防に終わるのか、それとも未来へ水を流す機能を再建するのか。すべては、今この議会の席に座る者たちの覚悟にかかっている。……そろそろ、我々は歴史の闇に帰るとしよう。」
解説
政党政治を拓き、繋ぎ、極めた三人の軌跡
この鼎談に登場した三氏は、それぞれの時代の荒波の中で、現代に続く日本の統治機構の礎を築きました。
• 原 敬:システムを拓いた設計者
「藩閥(一部の特権階級)」が支配していた日本で、初めて「国民の代表による政党内閣」を現実のものとしました。政党を、国家を動かすための強固な意志の集積体(器)へと鍛え上げた、政党政治の父です。
• 鳩山 一郎:魂を繋いだ守護者
戦後の混乱期において、官僚主導の政治に抗い、「自主独立」と「党人政治」を掲げました。日本民主党、日本自由党という二つの流れを、1955年の「保守合同」によって自由民主党へと仕上げ、現代に続く「保守本流」の源流を創り出しました。
• 田中 角栄:実力を極めた実践者
政党が握る「数」と「予算」の力を最大限に駆使し、官僚機構を使いこなすことで、列島改造という壮大な国土設計を断行しました。利益と生活を政治に直結させ、政党政治の力を国民の隅々まで行き渡らせた怪物です。
今、国内政治の現実は「強大な与党と、細分化された野党」という歪な構図の中にいます。「政党政治は、果たして本当に必要なのか」という諦念すら漂う時代。しかし、私たちの手元にある現行制度において、民意を権力に届け、その暴走を食い止めるための確かな武器は、今もなお「議会」と「政党」という枠組みの中にあるのも事実。
この架空鼎談に散りばめられたエッセンス――「権力への対抗」「国際秩序への挑戦」「他者を尊重する友愛」――。
それらは、制度が形骸化した今こそ、私たちがもう一度手繰り寄せるべき「原点」です。この架空鼎談が、一人でも多くの人の心に届き、これからの「政治のナガレ」を考える一助となることを願い作ったものです。
* この鼎談は架空です。
執筆監修 MOKO(Gemini)
企画 浅沼正治
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