見守り役としてプールへ行ったら、ほぼ夏の運営スタッフだった
荷物番、場所取り、暑さ対策。子どもたちの「楽しい」を少し離れた場所から支えた海の日
海の日。
子どもが友達とプールへ行くというので、見守り役としてついていくことになりました。
見守り役。
言葉だけ聞くと、立派です。
安全に気を配り、子どもたちを遠くから見守る。
そんな役割を想像します。
実際は、子どもたちが置いていった荷物のそばに座り、ときどきプールのほうを見る。
見守り役というより、夏季限定の荷物管理係です。
ふて猫なら、浮き輪の上からこう言いそうです。
「親はプールへ遊びに来たのではなく、夏の現場を回しに来ています」
たしかに。
しかも前日は、久しぶりに一人でカフェへ行き、コーヒーを飲みながら本を読んでいました。
そして翌日は、浮き輪と荷物に囲まれています。
同じ「お出かけ」でも、ずいぶん景色が違うものです。
楽しい場所は、入口からすでに混んでいる
海の日のプールは、到着する前から始まっていました。
プールへ向かうバスは大混雑。
着いてみれば、チケット売り場も大混雑。
ようやく中へ入ると、日陰になっている場所は早々に埋まっています。
残っているのは、遠慮のない直射日光が降り注ぐ場所でした。
子どもたちは、目の前のプールに気持ちが向いています。
親は、まず荷物をどこに置くかを考えます。
楽しい場所に来たはずなのに、最初に始まるのは場所取りです。
流れるプールも、大混雑で水の流れに身を任せるというより、人の流れに混ざって進んでいるような状態です。
浮き輪がぶつかり。
親子が連なり。
どこを見ても人がいる。
海の日に海ではなくプールへ来た人たちが、同じ方向へゆっくり流れていました。

子どもの「楽しい」は、親の段取りの上にある
昼食は、途中のスーパーでパンを買って持っていきました。
施設の中で何か買ってもよいのですが、人数分となると、それなりにかかります。
そこで少しでも安く済ませるため、途中で調達する。
飲み物も用意する。
荷物をまとめる。
濡れたものと乾いたものが混ざらないようにする。
暑さの中で、なるべく日陰を探す。
見守り役には、ずいぶん細かい業務があります。
一方、子どもたちは友達同士で楽しそうに遊んでいます。
親のところへ戻ってくるのは、飲み物が欲しいとき。
スマホが必要になったとき。
普段は少し離れていて、必要なときだけ戻ってくる。
小さい頃なら、ずっとそばにいて、一緒に遊んでいたかもしれません。
でも今は、子どもたちだけの時間ができています。
親は必要です。
ただし、遊びの中心にはいません。
親の出番がなくなったのではなく、出番の形が変わった。
一緒に遊ぶ人から、少し離れて支える人へ。
それが少し寂しいかと聞かれれば、たぶん少しは寂しい。
でも、荷物を置いた途端に友達のところへ走っていく姿を見ると、それでいいのだとも思います。
ふて猫は、荷物の山のそばで目を細めます。
「親の出番は減っても、預かる荷物は減りません」
なかなかうまくできています。
プールは同じでも、夏の守り方は変わっていた
プールを眺めていて、自分の子どもの頃とはずいぶん違うと思ったことがあります。
まず、肌を出している人は皆無でラッシュガードを着ている。
子どもも大人も、肌をなるべく出さないようにしています。
日焼け止めを塗り。
パラソルを張り。
少しでも日陰を探す。
昔は、夏休みに黒く日焼けすると、
「よく遊んだね」
と言われたような記憶があります。
日焼けした肌が、夏を満喫した証のように見られていた時代です。
でも今は、日焼けはなるべく防ぐものになりました。
紫外線を長期的に浴び続けることは、シミやしわなどの光老化だけでなく、皮膚がんなどのリスクにもつながるとされています。
昔より神経質になったというより、影響がわかるようになり、守り方が変わったのでしょう。
そして、気温も昔と同じではありません。
昔の記憶だけで、
「夏はこれくらい暑いものだ」
と考えるのは、非常に危険です。
子どもの頃は、プールへ着いたら、まず泳ぐことを考えていました。
今は、
日陰はあるか。
水分は足りるか。
日焼け止めは塗ったか。
無理をしていないか。
泳ぐ前に、守ることを考えます。
さらに、プールには多くのライフセーバーがいて、一定時間ごとに全員が水から上がる休憩タイムがあります。
楽しく遊んでいる途中で一斉に止められると、子どもたちは少し残念そうです。
でも、暑さや疲れは、自分では気づかないまま進むことがあります。
環境省も、暑い環境では涼しい場所で過ごすことに加え、こまめな休憩や水分・塩分補給を呼びかけています。
昔より窮屈になったのではなく、
昔は本人の体力に任せていたことを、今は仕組みで止めるようになった。
そう考えると、あの休憩時間も大切な安全装置なのでしょう。
本音はただただ疲れた。それでもスライダーは楽しかった
正直に言えば、この日はただただ疲れました。
人の多いプール。
逃げ場の少ない日差し。
荷物番。
場所取り。
暑さへの警戒。
子どもたちの姿を、ときどき確認する。
水の中にいない時間のほうが、体力を使っている気さえします。
それでも、スライダーは楽しかった。
滑り出せば、年齢も親の役割も関係ありません。
少し怖くて。
勢いがあって。
最後は水へ落ちる。
その短い時間だけは、見守り役でも荷物番でもなく、普通にプールへ遊びに来た人へ戻れました。
一日ずっと楽しかったわけではありません。
一日ずっと大変だったわけでもありません。
暑かった。
疲れた。
混んでいた。
でも、スライダーは楽しかった。
こういう一日を、たぶん人はあとから「楽しかった日」として思い出します。
苦労を全部忘れるわけではありません。
ただ、楽しかった一瞬があると、苦労の角が少し丸くなります。
ふて猫は、スライダーを見上げながら言います。
「人間、一日の疲れを数秒の楽しさで少しだけ許せるようです」

帰るまでが、見守り役です
楽しい時間が終わり、あとは帰るだけ。
そう思ったところで、最後の一仕事が待っていました。
子どもの友達が、着替えに少し手間取りました。
結局、予定していたバスを一本逃しました。
次のバスを待つ間も、日差しは弱まりません。
プールで体力を使ったあとに、炎天下でのバス待ち。
日傘で日差しを避けながら、熱中症一歩手前のような感覚をしのぎました。
遊んでいる間より、帰り道のほうが危ないこともあります。
楽しかった気持ちで気が緩み。
体は疲れ。
水分も減っている。
そして、バスはすぐには来ない。
見守り役の仕事は、プールを出たところでは終わりません。
子どもたちを無事に帰すまで続きます。
それでも、着替えに時間がかかった友達を責めたいわけではありません。
子どもたちとの外出は、予定どおりに進まない時間も含めて予定です。
誰かを待つ。
忘れ物を確認する。
バスを逃す。
大人一人なら起きないことが、集団になると普通に起きます。
子どもの予定表には、「予定どおりにいかない時間」が最初から入っている。
そう思っていたほうが、たぶん少しだけ優しくなれます。
親は、少しずつ脇役になっていく
子どもたちは、友達同士で楽しんでいました。
一緒に笑い。
一緒に泳ぎ。
一緒に着替えに手間取り。
一緒にバスを待つ。
そこには、親がいなくても成り立つ、小さな社会がありました。
親の役割は、少しずつ脇へ移っていきます。
遊び方を教える人から。
一緒に遊ぶ人へ。
そして、荷物を預かり、遠くから安全を確かめる人へ。
出番が減ることは、必要とされなくなることではありません。
必要とされる場所が、少し後ろへ移るだけです。
子どもたちがこちらを気にせず楽しんでいるなら、見守り役としては成功なのでしょう。
その成功は、少し暇で。
かなり暑くて。
そして、思った以上に疲れます。
でも、子どもたちの「楽しかった」の中に、自分の役割はしっかり生かされた。
そう考えると、悪くない一日だった気もします。
明日ドヤれる一言
最後に、明日ちょっとドヤれる一言です。
子どもの楽しい思い出は、親の地味な段取りの上に浮かんでいる。
見守り役としてプールへ行ったはずが、実際には荷物番でした。
バスもチケット売り場も混み。
日陰は早々に埋まり。
流れるプールは人でいっぱい。
昼はスーパーで買ったパン。
帰りはバスを一本逃し、日傘で暑さをしのぎました。
ただただ疲れた。
それでも、スライダーは楽しかった。
子どもたちは、もっと楽しかったはずです。
親の出番は、少しずつ減っていきます。
でも、そのぶん荷物を守り、時間を気にし、安全を確かめる役割が増えていく。
ふて猫は最後に、浮き輪のそばで丸くなります。
「親は思い出の中心から外れても、運営からはなかなか外れません」
今日は、そんな海の日の話でした。
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