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【ディズニー考察】不思議の国のアリス: ポップな世界に鋭い風刺

意味不明なのに目が離せない『アリス』の世界へようこそ

子どもの頃に見たときは「不思議な話だな~」で終わっていた『不思議の国のアリス』。
大人になって改めて見返してみたら……全然意味がわからない!

でもその「意味不明さ」の中には、実は社会や人間への鋭い風刺やメッセージが隠れていました。

今回は、ディズニー版『アリス』を考察しながら、あの狂気の世界に何が描かれているのかを読み解いてみます。

#不思議の国のアリスについて

『不思議の国のアリス』(ディズニー版)は、
ルイス・キャロルの原作小説『不思議の国のアリス』(1865年)を基にした作品で、非常に幻想的かつ
非論理的な世界が描かれています。
不条理な世界だからこそ、現実の矛盾や理不尽さを浮き彫りにする鏡のような役割を果たしているとも
言える作品です。

『不思議の国のアリス』における最大の特徴は強烈な風刺です。
ディズニー作品にも多くの風刺があると思いますが、この作品はその中でも群を抜いて強烈な風刺が
多々あります。
私が印象に残った部分についてもう少し深堀りしていきたいと思います。

#アリスは“異物”だった?風刺に満ちた住人たちの反応


  • 白ウサギの家でアリスが大きくなってしまったシーン

  • 小さなアリスに対して「雑草よ!」といじめるシーン

  • アリスに出会った赤の女王の反応

この3つが私の印象に残りました。

白ウサギの家でアリスが大きくなってしまったシーン

アリスは白ウサギの家に辿りついたときに家の中で
大きくなるケーキを食べて大きくなってしまいます。
大きくなったアリスをみて白ウサギは「魔女だ!!」と怯えて家ごとアリスを燃やそうとします。
これは中世あたりでよく行なわれた魔女狩りを彷彿とさせるものです。
アリスを家ごと燃やそうとしていたのも魔女の火炙りそっくりです。

小さなアリスに対して花たちが「雑草よ!」といじめるシーン

小さくなったアリスが花たちのところに着いたとき、ある程度話したあとに
見た目が違うことで「あなた雑草⁉」ということで一方的にいじめられて排除しようとされて
しまいます。
これは見た目が異なるものに対していじめを行なう、という異質なものを排除しようとする人びとの
動きを表しています。

アリスに出会った赤の女王の反応

赤の女王は最初アリスのことを面白がります。
まるでおもちゃです。
みんなでアリスを道化のように扱うところも異質な人に出会った人びとの反応としてよくあるでしょう。
その後アリスが赤の女王の気に食わない行動をとると、赤の女王はアリスを処刑しようとしてしまいます。

これは権力者が異質なものに出会ったときの反応とそっくりです。
例えば能を大成した観阿弥・世阿弥は最初当時の足利幕府の将軍に気に入られますが、将軍の癪に障った
ことで殺されてしまいます。

千利休も豊臣秀吉に可愛がられますが、仲違いをしてしまい最後は切腹を命じられています。

このように赤の女王のアリスへの反応は素っ頓狂に
見えますが、歴史的にもよくある反応
なのです。

その他にも不思議の国の住民たちは大きいアリスに出会ったときは「変な子」「怖い子」と見て怯えますが、小さいアリスに出会ったときは「取るに足らない存在」として軽んじます。

これは人と違う特徴を持つことによる周囲の反応の差を風刺しています

「大きすぎてもダメ、小さすぎてもダメ」、人々は「ちょうどよい」「平均的」なサイズや態度を求め、そこから外れた者には不安や拒絶を抱くのです。

以上のシーンは異質なものへの反応の歴史や集団心理を強く反映したものになっているのです。

#なぜ彼らは永遠にお茶をしているのか?狂気のお茶会に隠された社会の姿


このシーンは一番意味が分かりませんでした…
という訳でここはchatGPTの力を借りようと思います。
ChatGPT先生によると以下のような解釈ができるようです。

時間の停止と社会の形骸化

帽子屋が「時間を怒らせてしまって、ずっと6時(お茶の時間)のまま」
になっているという設定があります。
これは、
時間が進まない世界=進歩のない社会
ルールに縛られた儀式の繰り返し=形骸化した文化や制度を象徴していると解釈できます。人々はお茶を飲み続けるが、そこには意味も進展もなく、
ただ「慣習を繰り返す」だけの無意味さが強調されています。

会話の崩壊と論理の無力化

帽子屋たちの会話は支離滅裂で、アリスの論理的な問いかけに対して全くかみ合いません。
これは、
「理性の通じない世界」や
「言葉の意味が機能しない状況」を描いています。
たとえば:
「なぞなぞ」の答えがない
言葉遊び(pun)が飛び交う
「どうでもいい言葉」が重要視される
といった要素が、「意味のない会話」「形だけのやりとり」の風刺として描かれています。

イギリス上流階級への皮肉

原作者ルイス・キャロルは、ヴィクトリア朝イギリスの上流階級や
そのマナー、社交の儀式的な部分に批判的だったとされます。
この「お茶会」も、上流階級の社交の場=意味のない儀礼の繰り返しとして皮肉っているという解釈があります。

狂気と「常識」の境界

帽子屋と3月ウサギは明らかに“変な人たち”ですが、彼らの言動はどこかで「私たちが普段していることと似ている」とも思わせます。

つまり、

常識と狂気の境界は曖昧である

私たちも実は形だけの会話をしていないか?
という、読者への問いかけとも受け取れます。

そしてこのお茶会に対して、アリスは嫌気がさして席を立ちます。
これは、

「形だけの儀式や不条理な会話からの離脱」=自分の考えで行動する第一歩と捉えることもできます。

狂っているお茶会に見えますが、
「現実社会もこんなもんでしょ??」という強烈な皮肉…

ここまで社会を皮肉るディズニー作品は他にあるでしょうか???

#人を人として見ない世界──“メアリー・アン”発言に見る、ラベル化社会への風刺

このシーンは白ウサギの家でアリスと白ウサギが再会した際に白ウサギがアリスに放った言葉です。
これはただのおっちょこちょいな白ウサギを表すかと思いきや、強烈な皮肉が含まれています。

個人を見ていない社会の象徴

白ウサギはアリスを見ることなく「メアリー・アン」と呼び、用事を言いつけています。
これは個人として相手のことを「相手自身ではなく、役割や存在としか見ていない」社会に対する風刺になっています。
お母さんのことを名前じゃなく「お母さん」と呼ぶのと同じ感覚ですね。
確かに私もお母さんに対して母親という役割でしか
見てないかも…

ジェンダーと役割の固定化への皮肉

メアリー・アンは姿を現しませんが、おそらく使用人や家政婦でしょう。
アリスを見た際にメアリー・アンと間違えたのは
アリスが女性であるため、
「女性ならば使用人や家政婦の役割の人物であるべき」という固定化した役割を無意識に初めて会った
はずのアリスにも押し付けているのです。

異分子ですら既存の構造に当てはめることへの皮肉

アリスは不思議の国において異分子であるはずなのに、白ウサギはアリスに
メアリー・アンという役割を押し付けています。
白ウサギはアリスという異分子を既存の構造に当てはめているのです。
これは、

現実社会でも異なる存在や新しい考え方に対して、
往々にして「自分の知っている型」に当てはめようとする人びと

を風刺しています。

白ウサギの「メアリー・アン」呼びは短いシーンですが単なるギャグや誤解ではなく、

  • 個人軽視

  • 社会的役割の押し付け

  • 既存の枠組みへの強制的適応

といった現代にも通じる社会風刺の要素を多く含んでいます。


#「6㎝はちょうどいい」──芋虫の言葉に学ぶ相対的価値観

私の印象に残ったシーンは芋虫に初めて会ったときに身長に関する話で
芋虫を怒らせてしまったシーンです。

このシーンでは

「自分の尺度と他人の尺度は違う」

というメッセージが込められていると感じます。

アリスが自分の身長の変化を嘆いたとき、芋虫は「それがどうした?」という態度をとります。彼にとっては「小さいこと」は問題ではないし、むしろアリスの悩み自体が不思議なのです。

「6㎝は私にはちょうどいい身長だ!」と
怒ってさえいます。

身長などの価値は相対的であることを伝えようとしていますね。

芋虫は、アリスとはまったく異なる価値観で生きている存在です。

彼の態度は冷淡にも思えますが、実は「自分の世界をしっかり持っている」キャラクターとも言えます。
これは他者の視点に触れることの難しさと重要さを象徴しています。

#『アリス』とは何か?風刺と自己発見の旅の物語

『不思議の国のアリス』を一言でまとめると、

形骸化した社会や異質なものに対する人びとのまなざしを風刺しながらも、自分の常識が通じない世界の中でもがきながら自分の内面を見つめ、
自分とは何か?というアイデンティティを見つける話

です!!

アリスは不思議の国で「お前は誰だ?」とずっと聞かれていますね。
上手く答えられないアリスですが、

終盤では自信をもって自分はアリスだ、と答えられるように
なっています。

姿が変わったり、名前を問われたりする中で、

「自分とは何か?」という問いを繰り返す。

これは成長期の内面の揺らぎと自己確立の象徴
とも言えます。

夢オチなのも夢という自分の内面の世界で自己を模索しているからなんです。

『不思議の国のアリス』は一見ハチャメチャに見える物語ですが現実社会への風刺・皮肉をふんだんに
あしらいながら、
異なる価値観や異質なものに触れながら自己を確立
していく少女の話
になります。

ここまで露骨に風刺・皮肉をしようだなんて、企画したディズニーの人は冒険心が満載ですね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
他の風刺系考察も読んでくださると嬉しいです。


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