「思っているだけだと59点 表現して60点 行動して70点 成果が出て80点 影響を与えられたら100点学」——”59 to 60” たった1点のジャンプが、世界とつながるはじまり【コラム】思好の科楽(その95)
🧠 このコラムで学べる、3つのこと
①「思っているだけ」には、それまでの積み重ねとしての価値がある。
→ 59点は中途半端ではなく、確かな努力の証である。② 表現することは、評価ではなく“存在を始める”ことである。
→ 一言でも言葉にしてみることで、世界との接点が生まれる。③「あと1点」を超える小さな方法は、今すぐ身の回りにある。
→ メモ、つぶやき、対話──その一歩が、他者とのつながりを生むきっかけになる。
🟨序章|59点まで積み上げたあなたへ
――「思ってるだけ」って、ほんとはがんばってる

「思っているだけでは何も始まらない」とよく言われる。
しかし、「思っている」ということ自体は、決して軽いものではない。
何かに対して感じたり、考えたりすることは、心と頭を動かしている証である。
誰にも言っていないだけで、ずっと頭の中で考えている人は多い。
「こんなふうにしたい」と思ったり、「これっておかしいな」と思ったり、言葉にこそしていないが、自分なりに向き合っている時間は存在する。
それは立派な積み重ねなのだ。
すぐに口に出したり、行動に移せる人ばかりではない。
だからこそ、「思っているだけ」の状態にも意味を認めたい。
自分の中で育てた気持ちや考えは、他人に見えなくても、ちゃんとそこにある。
私はその状態を「59点」と呼ぶことにしたい。
59点の積み重ねを、誰も見ていないように感じるとき
59点までたどり着いても、それを誰かに伝えなければ、まわりからは「何もしていない」と思われることがある。
それはつらいことだ。
実際には、自分の中では何度も考えたり、悩んだりしてきたのに、その努力が見えない。
たとえば、誰かに伝えようとしたけれど勇気が出なかったとか、何か書こうとして下書きのまま残っていることなどもそうだ。
それでも、自分の中にはちゃんと過程がある。その過程は、軽く扱われるようなものではない。
しかし、伝えなければ、やはり届かない。
頭の中で何を考えていても、口に出さなければ相手にはわからない。
それが、59点と60点のあいだにある差である。
それでも、あと1点がほしい理由
「思っている」ことと「表現する」ことのあいだには、大きな段差がある。
表現には覚悟がいる。
自分の思いを外に出せば、否定されたり、誤解されたりするかもしれない。
だから、怖くて止まってしまうのも自然なことだ。
それでも、あと1点を重ねてほしいと思う。
ほんの一言でも、自分の考えを誰かに伝えてみることで、世界とのつながりが生まれる。
その一言がきっかけで、誰かが返してくれたり、自分自身が前に進めたりすることがあるのだ。
このコラムでは、「59点」から「60点」に進む一歩について、さらにその先の70点、80点、100点に向かう過程について考えていきたい。
今「思っているだけ」の状態にいる人にこそ読んでほしい。
そして、自分が積み上げてきた59点に、自信を持ってほしいのである。
🟥第1章|59点と60点のあいだにある深い川
――59点は、思考・感情・経験の集まりである

「思っているだけ」という状態は、よく軽く見られがちである。
だが実際には、そこに至るまでに多くの時間と感情が費やされている。
「こうしたい」「こうしたくない」「なんとかしたい」――そんな思いが何度も頭の中を行き来し、心の中で静かに育ってきた結果である。
それは、表には出ていないだけで、決して「ゼロ」ではない。
人前で話せないだけで、内側では確かに進んでいる。
SNSで何も投稿していないからといって、何も考えていないわけではない。
この59点には、まだ形になっていない思考や感情が、たくさん詰まっている。
ただ、それが表に出ていないという一点によって、「まだ何もしていない」と見なされてしまうことがある。
それは少しもったいないことだ。
なぜなら、その人の中には、すでに多くのエネルギーがたまっているのだから。
「表現すること」は、思っていることとはまったく違う行為である
では、なぜ59点から60点に進むことが難しいのか。
それは、「思っていること」と「表現すること」が、まったく別の行為だからである。
たとえば、「ありがとう」と思っていても、それを口に出すには勇気がいる。
好きな人に気持ちを伝えるのも、頭の中で想像するのと、実際に言うのとではまったく違う。
思っていることは安全である。
誰にも知られず、誰にも傷つけられない。
だが、表現するとなると、その中身が他人の目にさらされることになる。
誤解されたらどうしよう、馬鹿にされたらどうしよう、という不安が一気に押し寄せてくる。
つまり、59点から60点への1点は、「ただ考えていた」自分から、「他人と関わる」自分への変化でもあるのだ。
この1点には、気持ちの切り替えが必要となる。
恥ずかしさ、怖さ、そして自信のなさ
この1点を越えるとき、最も立ちはだかるのは「恥ずかしさ」である。
「こんなこと言って大丈夫かな」「うまく伝えられる気がしない」など、自分の内面を外に出すことに抵抗を感じる人は多い。
これは自然な反応だ。
また、「誰かに見られる」ことへの怖さもあるだろう。
誰にも見られていないうちは、自分の思いは傷つかない。
だが、言葉にしてしまえば、それが誰かの意見にさらされる可能性が生まれる。
さらに、「自信のなさ」も大きな壁となるに違いない。
「まだ準備不足だ」「こんな内容では足りない」などと、自分にダメ出しをしてしまい、出す前にあきらめてしまう。
完璧でなければいけない、と思ってしまうと、表現のハードルはどんどん高くなる。
この1点は「存在を始める」瞬間でもある
たった1点の違いであるが、そこには大きな意味がある。
思っていたことが、初めてこの世界に「存在」し始めるのが、この60点の段階である。
書いた、話した、伝えた――その瞬間に、心の中だけにあったものが、目に見える形になる。
それは他人にとっては小さなつぶやきかもしれない。
だが、本人にとっては、自分の中にあった気持ちを「そこに置いた」という大きな一歩なのだ。
表現とは、誰かを驚かせたり感動させたりするためのものではない。
まずは、自分の思いをこの世界に「置いてみる」ことから始まる。
たとえ反応がなかったとしても、それが一歩目であることには変わりないのだから。
自分の中に「出せない理由」があるのは当然である
最後に伝えたいのは、60点を目指すことは、たやすいことではないという点である。
勇気がいるし、不安もある。「出せない」と思っている自分を責める必要はまったくない。
それでも、もし「出してみたい」という気持ちが少しでもあるなら、その気持ちは大事にしてほしい。
誰かの評価のためではなく、自分の声を少しだけ外に向けてみる。
その行為が、次の章で語る「行動」への扉となる。
🟩第2章|その1点を越えるために必要なこと
――心の中の「まだ早い」という声に向き合う

59点までは、自分の中だけで思いを温めてきた状態である。
そこから60点へ進もうとするとき、多くの人が「まだ早い」と感じる。
「こんなことを言って大丈夫だろうか」「もっと考えてからのほうがいいんじゃないか」などと、自分の中にある声が立ち止まらせてくる。
それは、自分を守るためのブレーキである。
言葉にした途端、それは外に出てしまう。
他人の目に触れることで、評価されたり、否定されたりする可能性が生まれる。
だからこそ、人は簡単には表現できない。
だが、そこで問い直したいのは、「いつになったら、表現してもいいのか」ということである。
完璧になるまで出さないという姿勢は、自分に対して非常に厳しいものであり、結果として一歩を踏み出すチャンスを逃してしまう。
「まだ早い」という声を完全に消す必要はない。
ただし、それに支配されすぎると、いつまでも59点のままで止まってしまう。
小さくてもよいから、出してみる。その感覚が、次の一歩につながるのだ。
小さく表現してみるという方法
いきなり多くの人に見せたり、発信したりする必要はない。
まずは、小さな方法で試してみるとよいだろう。たとえば、スマートフォンのメモアプリに、自分の考えを一文だけ書く。
あるいは、信頼している友人にだけ、思っていることを伝えてみる。
これらは、ごく小さな「0.1表現」とでも呼べるような行為である。
それでも、確実に59点から動き出すきっかけとなる。
自分の思いが自分の外側に置かれたとき、それは思考ではなく「形」になる。
また、SNSなどに書く場合でも、誰にも見られないアカウントを使って練習することができる。
匿名でもよい。
投稿を誰かが読むかどうかは関係ない。
重要なのは、「言葉にしてみた」という事実なのである。
最初は、誰にも伝わらなくてよい。
それでも、自分の中で止まっていた言葉が、ひとつでも外に出ることは、確かな前進である。
「安心して出せる場所」を見つける
一歩を踏み出すうえで重要なのは、安心できる場所である。
どんなに小さな言葉でも、否定されるかもしれないと思えば、人は口をつぐんでしまう。
だから、最初の表現には「受け止めてもらえるかもしれない場所」が必要である。
身近な人に打ち明けるのもよいし、自分と似た気持ちの人が集まるコミュニティを探してみるのもよいだろう。
最近では、共感や対話を大切にするオンラインの場所も多い。
そこでは「正しさ」よりも、「その人らしさ」が大事にされる。
この記事を掲載しているnoteなどが、その最たるものだ。
また、読まれることを前提にしない「非公開日記」も有効である。
誰かに伝えるためではなく、自分のために書くことで、自然と表現する力が育っていく。
「出すことに慣れる」ための練習台を持つことが、その後の発信や行動に大きな差を生むのである。
「たった1点」を重ねる条件はそろえられる
ここまでをまとめると、59点から60点への1点を乗り越えるためには、以下の3つがそろうとよい。
自分に少しだけ許可を出すこと
「完璧じゃなくても、出してもいいかもしれない」と思えるようになること。小さな一歩に切り分けること
いきなり成果を出そうとせず、短いメモ、短い一言、信頼できる相手など、リスクの小さい形で出してみること。安心できる場所に置くこと
否定されにくい場所、受け止めてもらえそうな環境で試してみること。
この3つがそろえば、たとえ少し怖くても、「やってみようかな」と思える瞬間が来る。
そのときに動けるかどうかが、「60点」への鍵となる。
「勇気を出す」ではなく、「勇気を出せる設計」を
最後に強調したいのは、「勇気を出せ」と根性論で語ることではないという点である。
大切なのは、勇気を出しやすいように 設計すること である。
自分の心理的なハードルを下げ、行動の負荷を軽くすることで、「出せるかもしれない」に近づける。
たとえば、「今日中に誰かに伝える」のようにハードルを上げるのではなく、「今日、5分だけ自分の思いをノートに書いてみる」というところから始めるのである。
そうすることで、59点に少しずつ動きが出てくる。
60点は、誰かの評価の話ではない。
自分が、自分に許せるかどうかの話である。
そのための環境や方法は、思っているよりたくさんある。
次章では、60点を超えたあとに見えてくる景色──行動、成果、そして他者への影響について考えていく。
🟦第3章|60点以降にひらける風景
――70点:動いたことで世界が少しだけ動く

60点を越えて「表現」することができれば、次に待っているのは「行動」である。
たとえば、アイデアを誰かに話したことで、その内容を実際に試してみようという気持ちが湧いてくる。
言葉にしたことで、自分の中でもその思いがより現実味を帯びてくる。
たとえば、「やってみたい」と思っていたことを、実際に申し込んでみる。
気になっていた人に連絡してみる。
何かを変えようと思っていた自分が、ほんの少しだけでも動いてみる。
このように、自分から行動を起こすことで、世界との関係が変わり始めるに違いない。
ただ、行動したからといって、すぐに結果が出るとは限らない。
うまくいかないこともあるし、周囲に理解されないこともある。
それでも、行動したという事実は残る。
そしてそれは、次に進む力になる。
80点:結果が形になって、他人にも伝わりはじめる
行動を続けるうちに、少しずつ「成果」と呼べるものが見えてくる。
自分が思っていたことが形になり、誰かの目にも触れはじめる。
ここでのポイントは、それが「他人にも見える」形になっているという点である。
たとえば、自分の考えをブログに書いて、それにコメントがついた。
誰かが感想をくれた。そんな反応が返ってきたとき、はじめて「自分のやったことが届いた」と実感できる。
また、行動の成果が自分の生活に変化をもたらすこともある。
行動する前にはなかったチャンスや出会いが生まれ、少しずつ世界の風景が変わっていく。
これは60点や70点では見えなかった景色である。
ただし、この段階でもうまくいかないことや、結果が出ないこともある。
だからこそ、この80点という段階は、ある程度の継続と粘りが求められる。
それでも、「少しでも何かが形になった」という実感は、自分の中での大きな前進となるだろう。
100点:あなたの行為が、誰かの行動を生む
80点まで来たとき、多くの人は「満足」を感じる。
それまでの行動が形になり、周囲からも認められるようになる。
しかし、その先にある100点は、もうひとつ違うレベルの変化である。
100点とは、自分の行動や言葉が、誰かの行動や気持ちに影響を与えたときに生まれる。
たとえば、自分が書いた記事を読んだ誰かが、「自分もやってみよう」と思って動き出す。
話を聞いた相手が、それをきっかけに別の人に声をかける。
そうした小さな連鎖が、100点の本質である。
この100点は、自分一人では到達できない。
他者の存在があってこそ成り立つ。
「伝わった」だけでなく、「誰かを動かした」という事実があってはじめて、100点になる。
どこまでが“自分”で、どこからが“誰か”か
60点から100点までの流れを見ていくと、最初は自分の中だけにあった思いが、次第に他人とのやりとりを通して広がっていく過程であると言える。
最初は「これを言っていいのだろうか」と思っていた言葉が、行動に変わり、やがて誰かの中に芽を出す。
こうした流れは、自分という枠を超えて、社会とつながっていく感覚を育ててくれる。
もちろん、すべての人が100点を目指す必要はない。
60点で止まっても、70点で立ち止まってもよい。
ただし、もし「誰かの役に立てたら」と思っているのであれば、その気持ちはいつか100点へと向かう可能性を持っている。
次章では、そもそも「表現する」とはどういう行為なのかをあらためて見直しながら、なぜ最初の1点に意味があるのかを深めていく。
🟪第4章|表現は、世界との小さな交信
――表現は「叫び」ではなく「交信」である

表現というと、「強く主張すること」や「人を感動させるような言葉を放つこと」と思われがちである。
しかし、実際にはそんなに大げさなものでなくてよい。
むしろ表現とは、自分の思いをそっと外に差し出してみる行為である。
それは「誰かに届いてほしい」という気持ちがあっても、必ずしも返事を求めるものではない。
たとえば、夜空に向かって飛ばすラジオの電波のように、自分の思いを送り出してみる。
それがたまたま誰かのラジオに届いたなら、それはうれしい。
届かなくても、自分の中から外へ出せたことで、何かが整理されたり、軽くなったりする。
表現とは、叫びではない。交信である。
その声が大きくなくても、内容がまとまっていなくても、今の自分をそのまま差し出すことに意味がある。
誰かが、あなたの言葉を待っているかもしれない
自分が表現したことに、すぐに反応が返ってくるとは限らない。
それでも、どこかで誰かがその言葉に出会い、助けられているかもしれない。
実際に「あなたのあの言葉に背中を押された」と言われるのは、ずっと後になってからのことも多い。
たとえば、自分の経験を書いた文章が、同じような状況にある人の心に届くことがある。
あるいは、ちょっとしたつぶやきが、誰かの気持ちを和らげることもある。
そのとき、表現はただの「自分のための行為」ではなくなる。
これは、意図して「影響を与えよう」としたから起きるわけではない。
ただ、自分がそのとき思ったことを素直に出してみた。
その結果として、誰かの心と、ほんの少しだけ交信が生まれる のである。
表現することで、自分の中も整っていく
表現は、他人のためだけに行うものではない。
自分の中にある思いや考えを言葉にすることで、自分自身が落ち着いたり、気づかなかったことに出会えたりする。
たとえば、「自分はこう感じているのか」と書きながら気づくことがある。
誰かに話しているうちに、「本当はこう思っていたんだ」と理解が深まることもある。
それは、言葉にしなければ見えてこなかったことである。
つまり、表現は「外に出す」だけでなく、「内側を見つめ直す」機会にもなる。
自分がどこにいて、何を考えているのかを知るためにも、言葉を使うことには大きな意味がある。
「意味があるかどうか」で判断しなくてよい
表現しようとするとき、「こんなことを書いて意味があるのか」と考えてしまうことがある。
だが、すべての表現に意味や正しさを求める必要はない。
日記やメモでもいい。
絵でも音でも、口にしたひとことでもよい。
それを「誰かのため」や「成果につながるか」で考えると、表現のハードルは高くなってしまう。
そうではなく、「今の自分が思っていることを置いてみる」くらいの感覚でよいのである。
表現とは、評価されるためにあるのではない。
自分と世界をつなげる、ひとつの方法にすぎない。
だからこそ、気軽に試してみていいし、何度でもやり直してかまわない。
次章では、この全体をふり返りながら、59点まで積み上げてきたあなたへのエールとしてまとめを記していく。
⬛まとめの章|あなたの1点が、世界を少しだけ変える
――59点まで来たことを、まず誇っていい

これまで見てきたように、「思っているだけ」という状態は決してゼロではない。
むしろ、それまでに考えたり、悩んだり、自分と向き合ってきた時間がしっかりと積み重なっている。
それを、私は59点と表現してきた。
世の中には、声が大きな人や、すぐに行動に移せる人が目立つ。
だからこそ、「自分はまだなにもしていない」と思ってしまうことがあるかもしれない。
しかしそれは違う。59点までは、誰にでも積めるものではない。
そこまで来たこと自体が、すでに一つの成果である。
まずはそのことを、自分自身が認めていい。
59点分の思いと時間には、ちゃんと意味がある。
あと1点を超えるのに、完璧さはいらない
とはいえ、「あと1点」が難しいのも事実である。
「どう思われるか不安」「まだ言葉にするのが怖い」――そんな気持ちが出てくるのは自然なことであり、決して弱さではない。
ただ、ここで思い出してほしいのは、60点に必要なのは「完璧な言葉」ではないということだ。
うまく話せなくてもいいし、まとまっていなくてもかまわない。
ほんの一言でも、自分の外に出せたら、それで十分60点に届いている。
「こういうことを思っている」と、誰かに少しだけ話してみる。
日記に書く。
SNSで短くつぶやいてみる。
どれも立派な60点の一歩である。
表現は、自分を前に進め、誰かとつながるきっかけになる
59点までが「内側」の営みだったとすれば、60点からは「外側」に向かう時間である。
表現することで、自分の考えが整理されることもあるし、予想外の反応から新しい気づきをもらえることもある。
さらに、自分の言葉や行動が、誰かの背中をそっと押すこともある。
意図せず誰かを励ましたり、安心させたりすることもある。
それは、あなたが「表現してくれたから」こそ生まれる変化である。
表現とは、自分を変え、世界との距離を少しずつ縮める行為である。
だからこそ、どんなに小さな一歩でも、出してみることに意味がある。
誰かが、あなたの声を待っているかもしれない
「どうせ自分なんかが言っても…」と思うことがあるかもしれない。
だが、誰かにとっては、あなたのその言葉が必要とされている可能性がある。
大切なのは、届けようとする気持ちそのものである。
影響を与えようと気負わなくてもよい。
ただ、自分が感じたことを、思ったままの言葉で置いてみる。それが、誰かの心にひっそりと届くかもしれない。
まずは今日、その「1点」をためしてみる
このコラムを読んだ今だからこそ、ぜひやってみてほしいことがある。
それは、今日のうちに「1点」を重ねてみることだ。
短くても、途中でも、誰かに伝える形でなくてもいい。
何かを外に出してみる。それだけで、59点は60点になる。
今日のその1点が、これからの70点、80点、そして100点への入口になる。
それは、自分だけの力で動かすことができる、最初の扉なのだ。
あとがきのようなもの
59点と60点。
テストの点数で言えば、不合格か、合格かの境目です。
今回、あえて数字を使って、その「境目」を表現しましたが、何も採点したいわけではないのです。
馴染みのある分かりやすい基準として「59点」というアイコンで表現してみただけです。
おそらく、この記事を読んでいるのは、noteのクリエイターである読者の方がほとんどだと思います。
つまり、すでに59点に+1点を加えて、60点以上に到達した、その1歩を踏み出した人。
わたしもnoteにアカウント登録し、最初の記事を投稿する時は、とても緊張しました。
そして、ひな姫さんのnote大学に入学するまで、ビュー数も伸びず、スキもコメントもつかない期間は、ちょっと心が折れそうにもなったものです。
今は何とかフォロワーも1,000を超え、記事もそれなりに目を止めてもらい、貴重なスキやコメントも時にはいただけるようになりました。
そんなスキをいただいた方の中に、まだ一つも投稿がない方もたまにいらっしゃる。
毎日何かを投稿することで、noteを通したつながりもできてきます。
また自分が投稿した記事に関連したり、あるいはおすすめの記事が、自分のページに表示されてくるので、投稿だけではなく、自分の生活上のヒントをもらえることもあります。
「0.1表現」からでも良いので、「言葉にしてみて」ください。
今回のコラムは、そんな最初の1歩を踏み出せずにいる方へのエールになればと思い、書いてみました。
プロフィール|Kazuomi Matsunaga
🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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「クリエイティブの世界へようこそ!」
創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!