「鬼滅の刃」の名言3選 大切な人に贈りたい言葉 (ネタバレあり)
こんにちは、あさ出版noteにお越しいただきありがとうございます。あさ出版では、マンガ「鬼滅の刃」より、心を強くする言葉を集めた本を出しています。
先週につづき9月18日、19日の19時から放送のテレビアニメ「鬼滅の刃」。今回は『「鬼滅の刃」の折れない心をつくる言葉』から「大切な人に贈りたい言葉」をテーマに紹介していきます。
「鼓屋敷」編、「那田蜘蛛山」編放送
18・19日に放送の「鼓屋敷」編、「那田蜘蛛山」編では、炭治郎は鬼殺隊の同期の我妻善逸や嘴平伊之助とともに鬼の討伐に向かいます。十二鬼月・累との戦いでは、親がいない炭治郎、伊之助、善逸が、それぞれ大切な人と思い出を回想し、新たな強さを手に入れる場面が描かれています。ご紹介するのは、善逸が師匠の桑島慈悟郎に励まされたシーン、炭治郎が鬼に優しく寄り添うシーンからの言葉です。

泣いていい 逃げてもいい ただ諦めるな
信じるんだ地獄のような鍛錬に耐えた日々を
(桑島慈悟郎/ 第33 話「苦しみ、のたうちながら前へ」)
鬼の下弦の伍・累との戦いで、体が痛むなかで自分を奮い立たせる善逸。窮地から脱出するきっかけとなったのが、桑島慈悟郎との思い出でした。慈悟郎から何度教わってもすべての型を習得できなかった善逸は、慈悟郎から頭を叩かれ、「誰よりも強靭な刃になれ!!」と諭されます。これは、すぐあきらめて逃げ出してしまう善逸を柱に育て上げるために、試行錯誤する慈悟郎が善逸に送った言葉です。
泣いていい 逃げてもいい ただ諦めるな
信じるんだ地獄のような鍛錬に耐えた日々を
あなたには、つらい経験やつらい記憶はありますか。肉体的につらかったこともあれば、精神的につらかったこともあるでしょう。思春期を過ぎたあたりからは、逃げたくても逃げられないこともたくさんあったと思います。
つらい経験の最中や、その経験から日が浅いと、「何の役に立つんだ」「なんでここまでしなければならないのだろう」と憤りを覚えるかもしれません。「あのときの経験のせいで……」と怒りを抱える人もいるでしょう。
しかし、過去の「地獄のような鍛錬に耐えた日々」は必ずプラスの効果をもたらし、将来の自分に大きな恩恵をもたらします。影響の大きさは、時間がたってから実感するものなのです。
私たちはさまざまな人と触れ合いながら、たくさんの時間を経てゆっくり成長していくものです。それはまるで、ハンマーで叩いて形をつくり、ゆがみを整えていく刀作りのようです。叩き、整えていく過程で、しなやかさや強さ、鋭さが生まれるのです。
強くなりたければ、泣いたり逃げたりもしていい。でも、あきらめずに自分自身、そして大切な誰かと根気強く向き合っていきたいものです。

お前はそれでいい 一つできれば万々歳だ
一つのことしかできないならそれを極め抜け
極限の極限まで磨け
(桑島慈悟郎/ 第33 話「苦しみ、のたうちながら前へ」)
鬼の下弦の伍・累との戦いで、善逸は累の兄である蜘蛛につかまり、命の危険を感じながら、危機を脱するために集中します。そのとき回想したのは、じいちゃん・慈悟郎からの大切な教えでした。6つの雷の型のうちの1つしかできずに挫ける過去の善逸。これは、元鬼殺隊の柱で「育て」として指導する慈悟郎が善逸にかけた言葉です。
お前はそれでいい 一つできれば万々歳だ
一つのことしかできないならそれを極め抜け
極限の極限まで磨け
あなたは何でもそつなくこなす「器用な人」でしょうか。
たくさんのことができる器用な人は、自分のことにだけに集中するのではなく、ほかの人のことにも配慮したり、複数のタスクを同時進行でやり遂げたりする能力を持っています。たくさんのことをこなすことができるので、経験が豊富で、周囲から信頼を置かれている人も多いものです。
しかし、「器用貧乏」という言葉があるように、さまざまなことをこなせるぶん、1つひとつが深まらず、特徴の薄い存在になってしまうこともあります。
一方、日本には、特定の分野に特化した、人間離れをした技術を持った職人や匠、人間国宝とされるような人がたくさんいます。そうした人たちは、1つのことを何十年と、ただひたすらに、自身の技術力向上のために飽くなきまで、毎日毎日磨き上げてきた人ばかりです。簡単にはその領域にたどりつけないからこそ、尊敬されるのだと思います。
誰でも年月は問わず、1つのものを磨き上げた経験があると思います。
たとえば、小さい頃の習い事や部活など、数年間取り組み続けたことも、そうした経験の1 つです。あるいは、ずっと続けてきた、いまの仕事がそうかもしれません。
仮に、そのようなものが何もないと思う人もいるかもしれません。
でも、「自分には得意なことが何もない」ということはありません。自分では当たり前のように行っていること、簡単にできてしまうことは、やがて才能や優れた技術という価値のあるものに変わります。無意識であっても、「続けられたこと」こそがその人の強みなのです。
自分の能力を極めることは、そう簡単ではありません。
もし、うまく自分の実力を発揮できていない人がそばにいたら、慈悟郎のようにやさしく見守り、相手を応援できる人になれるといいですね。

鬼であることに苦しみ
自らの行いを悔いている者を
踏みつけにはしない
鬼は人間だったんだから
俺と同じ人間だったんだから
(竈門炭治郎/ 第43 話「地獄へ」)
冨岡義勇の拾壱ノ型・凪によって首を切り落とされた、鬼の下弦の伍・累。累は自分が消えゆくとき、家族の思い出を回想していました。自分を大切にしてくれないと思っていた両親が、誰よりも自分のためを思って尽くしてくれていたことを……。しかし、自らの過ちで家族2人を殺めてしまった大きな後悔は、ずっと累の心のなかにのこっています。これは、義勇が「人を食った鬼に情けをかけるな」と炭治郎をたしなめたとき、累の悲しみを感じた炭治郎が言った言葉です。
鬼であることに苦しみ
自らの行いを悔いている者を
踏みつけにはしない
鬼は人間だったんだから
俺と同じ人間だったんだから
つい誰かを責めたくなり、相手を攻撃したことはありませんか。
もちろん人間ですから、ついカッとなって怒ってしまうときもあります。いつまでも成長しない人を見ていると、イライラして注意したくなり、攻撃的な相手に対しては反発したくなるでしょう。
「物事には原因があり、原因に基づいて結果がもたらされる」という「因果の法則」があります。
人間関係において、誰かを“鬼”だと思って接すれば、相手もこちらを“鬼”だと思って接します。自分が不機嫌だと、相手も不機嫌になるのです。つまり、すべての原因は自分にあり、接し方次第で人間関係、自分の世界は良くも悪くもなる、ということです。
では、誰かにいらだったり、責めたくなったりする自分を手放し、人とうまく付き合うにはどうすればいいのでしょうか。
それは、自分の過去の未熟だったときをふりかえることです。
誰でも、幼く、未熟なときがあったはずです。少しずつ努力を重ねて、やっといまの自分になったはずです。人の成長はそれくらい時間がかかるものなのです。
こちらの感情をかき乱してくる人がいたとしても、相手は根っからの“鬼”でもなければ、一生成長の見込みがない人間でもありません。あなたと同じ人間です。
うまくいかないことに悩んでいるかもしれませんし、結果が出なくて焦りを抱え、自分なりに考えて成長しようとしているかもしれません。表面に現れることだけが、すべてではないのです。
相手に対して優しくすることは、過去の未熟だった自分を受け入れること。そう思って、人にやさしく接するようにしたいものです。炭治郎のようなやさしい心で誰にでも接することができれば、まわりのみんなを幸せにできるはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました。「鬼滅の刃」は、なぜこれほどまでに、多くの人が心を揺さぶられるのでしょうか。それは、誰しも抱えている弱さに寄り添い、「強くなりたい」という欲求に応えているからではないかと、著者の藤寺さんは言います。
本書は、「感情を動かす」「自分を信じる」「あきらめない」「強くなる」「仲間を守る」の5つの軸をもとに、キャラクターたちの名言を1冊にまとめた。
鬼滅の刃のキャラクターたちのように、自分の感情を動かし、自分を信じることができれば、誰かを守れるくらい強くなれるはずだ。原作ファンだけではなく、生き方に悩むすべての人に役立つ1冊です。
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