【小説】カット!グッド!フレンド!
無人島に二人の美容師がいます。
一人はぼさぼさ頭の美容師、もう一人はお洒落な髪型の美容師です。
さて、あなたはどちらの美容師に髪を切ってもらいたいですか?
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「まるで俺が無能みたいじゃねえか!」
竹内は海に向かって叫んだ。細波を寄せては返すだけの海原は、竹内の叫びを受け止めただけで、もちろん応答はない。代わりに、竹内の後ろに立っていた松下が「うるさ」と言って、顔をしかめた。
「見ろよ! この状況を!」竹内は振り向き、先ほどと変わらない声量で言う。海ほど懐の深くない松下が舌打ちを高らかに鳴らすが、竹内は気にも留めない。
「どう考えたって、この状況はまずいだろう!」
「まあ、たしかに、無人島に流されたとか、笑えない。SOSでも書くか」
「ちがうちがう! そこじゃねえって! 俺たちの髪型の方が問題だっつってんの!」
竹内は自分の頭と松下の頭を交互に指差す。その指の動きは、虫の触覚を思わせた。
髪を二層に分けたとき、内側の髪を大胆に刈り上げ、外側の髪は前下がりのマッシュになるよう揃えられ、前髪をセンター分けにアレンジしてある竹内の髪型は洒落ており、事実、美容師仲間からも好評だった。
一方、松下の髪は荒れ放題だ。うねる髪の毛は動き出しそうな迫力まであり、顔を飲み込む勢いで縦横無尽に生えている。誰が目にしても酷い有様だと感じるに違いない。
「洒落た髪型とぼさぼさ頭と、無人島! って言ったら、普通、あの話しを思い出すだろ!」
「・・・・・・いや、何の話し」
「小学生の頃に流行ったろ? 無人島に二人の美容師がいました、ってやつ!」
「なにその状況、突飛すぎでしょ」
松下はそう言った後、現状を思い出して頭が痛くなる思いがした。松下と竹内がいるのは、おそらく無人島であり、二人ともが美容師だった。まさに現状を的確に表していた。
竹内が言うには、小学生の頃に流行った話しとはこうだった。
無人島に二人の美容師がいます。
一人はぼさぼさ頭の美容師、もう一人はお洒落な髪型の美容師です。
さて、あなたはどちらの美容師に髪を切ってもらいたいですか?
あまりにも松下と竹内の現状を言い当てている話しに、松下は「予言か何かか?」と訝しむ。だが、竹内の気を狂わせるほどの話しだろうか?
「分かるだろう! このなぞなぞの正解は何だ?」
「・・・・・・ぼさぼさ頭の美容師に切ってもらう」
「そう! ぼさぼさ野郎こそ腕の良い美容師で、お洒落頭は能無しってことだ! つまり、今この時、俺は無能扱いされてもおかしくないってことだ!」
「そもそもここ、無人島だぞ。お前を能無し扱いする人間はいないだろ」
「俺の中の矜持が許さない! だから、だからその髪を切らせてくれ! たのむ!」
竹内はなりふり構わず頭を下げた。白い砂浜の上を、朱色の小さい蟹が横切っていく。良い鋏をお持ちのようだ。
真上に登った太陽がじりじりと二人を焦がす。
「暑い。どこか木陰に入ろう」
「そんな頭してりゃあ、暑いにきまってる。だから俺に切らせろ!」竹内は頭を下げたまま、目だけでじろりと松下を睨む。
松下も負けじと睨み返し、「髪は切らせん!」と力強く宣言した。
「いいから早く木陰に行くぞ」
「ぐぬう、髪を、切らせろお」
木陰を探し砂浜から離れる松下の後を竹内は幽鬼のような様子でついていく。時折、「切らせろお」という呻き声が松下の背中を舐める。
松下が歩みを止めたのは、ちょうど森への入り口に茂るシュロの木陰だった。松下は地面に座り、ため息を一つ吐く。
「だいたい、髪を切るったって、どうやって切るんだ?」
「鋏なら持ってる」竹内は胸ポケットから一丁の鋏を取り出した。
「まじかよ、いつも持ち歩いてるのか?」
「当たり前だろ。俺の相棒だ。さあ、観念しろ。その髪を切らせろ!」
「しつこいな。嫌だって言ってるだろうが」
「それなら、切られたくねえ理由を言え! 熱中症大歓迎、視界不良万歳のその髪を切られたくない真っ当な理由があるんだろ!」
「それは、・・・・・・言えない」
松下はふいっと目線を逸らした。目の前に立つ竹内から海の方へ目線を逸らし、細波を見つめて心を落ち着かせる。竹内が「白状しろ!」だとか「もったいぶるな!」とか吠えているが、松下は海を見つめ続けた。
そのため、それに気付いたのは松下が先だった。
「なんだ、あれは?」
「あ? 話しを逸らすな!」
目を細めてよく観察する。
海面に二つの玉が浮かんでいる。それは目玉のようにきょろきょろと動き、不意に松下の方を向いた。目が合ったと思い、松下の背が粟だった。あれは目玉だ、と確信する。
「竹内、あれを見ろ」
「お前は俺の話しを聞け!」
「いいから見てみろ!」
「ったく何なんだよ」竹内はしぶしぶといった態度で後ろを向き、海を視界に入れた。凹凸のない海面に現れた二つの目玉に、竹内もすぐに気付いた。
「なんだあれ、目玉か?」
「やっぱりそう見えるか? 不気味だな」
「なんかムカつく。海の中で高みの見物ってか? ちょっと物申してくる」
「おい、やめておけ」
ずんずんと海へ向かって歩き出した竹内を止めようと、松下は素早く立ち上がった。言っても聞かない竹内は、勇敢なのか無鉄砲なだけなのか、不気味な目玉を恐れている様子はない。
波打ち際まで近づいた竹内は、腹に空気を溜め込み、「おいこら、目ん玉!」と勢いよく吐き出した。
「そうやって手の届かないところで、せせら笑いやがって、そういうのが一番腹が立つ! 堂々と同じ土俵に立ってみせろ」
得体の知れない目玉相手に竹内は真剣だ。真剣に怒っていた。目玉がせせら笑っているのかどうかも分からずに。
海に浮かぶ目玉の気色悪さには目もくれなかった竹内を見て、松下は好感を抱いた。以前にも同じような好感を竹内に抱いたなと、松下は竹内と飲みに行ったある夜のことを思い浮かべた。
前後の話しは重要ではないため省くが、どうして美容師になったのか、という話しになった。竹内は言う。
「だってよお、良いやつなのに見てくれが悪いってだけで損してるやつ見るとさあ、ほっとけなくて。そいつの本質を、ちゃんと見ろよって言ったところで、誰も見やしない。なら、俺が、みんなが目を止めるきっかけをつくってみせるって、思って」
そう言った竹内は、口を尖らせ、拗ねた子供のような顔をしていた。自分のお気に入りのおもちゃの良さを誰にも分かってもらえなかった子供そのものだ。
松下の感傷を、海の持ち上がる音が邪魔をした。
海の中から現れた長大な蟹の足を見て、松下は咄嗟に声を張り上げた。「伏せろ!」
ぶうんと、耳元で子虫が羽ばたく時に聞こえる音を太く大きくしたような音が鳴ったと思えば、二人の頭上を巨大な鋏が通過した。
海から姿を現したのは、巨大な蟹だった。
「か、かにぃ?」目玉の持ち主が、人の背を越すほどの大きさの蟹だったとは、さしもの竹内も驚いて目を丸くしている。
「おい、竹内! 逃げるぞ!」
「お、おう! あいつ、俺たちのリーチからは外れてる癖に、自分のリーチには誘い込んでたのかよ。ますます気に食わねえ!」
懲りずに文句を垂れつつも、松下と並走する竹内。よっぽど腹に据えかねたのか、「どうにかして、食ってやる!」と息巻いている。
松下がちらりと後ろを向くと、蟹は二人に対して横向きに態勢を整え、あのいくつもある長い足を器用に使いこなして走り寄ってきていた。そのスピードたるや、車を想像させる勢いだ。
「やばい、追いつかれるぞ」
「くそう、青い柿さえあれば」
「なんで、こんな時に柿なんて」
「知らねえのか? さるかに合戦で、猿が青い柿を蟹の上に落として、蟹を殺しちまうんだ」
「・・・・・・あの蟹にそれは効かないんじゃないか」
「やってみねえと分からねえだろ!」
あいにくと、この無人島に柿の木は生えていない。そのことを知らない竹内は辺りをきょろきょろと観察し始めていた。昔話として定着したからには、蟹と青い柿は相性が悪いはず、と竹内は確信している。
二人の間に鋭い鋏が差し込まれたのは、ちょうど竹内が松下の方を見たときだった。鼻先を掠っていった鋏を見て、竹内は目を釣り上げて怒り出す。
「おいこら蟹、てめえ、人に刃物を向けるたあ、どういう了見だ!」竹内の足は完全に止まり、巨大蟹と対峙している。
「人に鋏を向ける資格はあんのか、こら!」
蟹は返事をするように一度鋏を開閉した。
二人は既に蟹の鋏が届く範囲にいる。無闇に動くほうが厄介になると、松下も足を止め、蟹に向き合った。
蟹は怒鳴り声をあげる竹内の方をじっと見つめていることに、松下は気付き、蟹にも聴覚が存在することを初めて知った。
竹内に狙いを定めた蟹は、その巨大な前肢を振り上げ、竹内に向かって振り下ろした。予想以上に素早い動きに、竹内もぎりぎりのところで鋏をかわしている。放たれた鋏は銃弾のように地面にめり込み、そして引き抜かれる。
「鋏を振り回しちゃいけねえって、習わなかったのか!」と怒鳴る竹内のおかげで、蟹は静かな松下に目もくれない。
どうする、と松下は頭を悩ませる。どうすれば、この窮地を脱することができる?
一つだけ、思い浮かぶ案があった。しかし、松下には勇気がなかった。あと一歩のところで、躊躇してしまう。
そんな松下の背を押すのは、やはり竹内だった。
「おい、松下! ぼおっとしてねえで、早く逃げろ! そんで、青い柿を見つけてこい!」
竹内も自分が標的にされていることに気づいていた。だから、今のうちに松下を逃そうと、竹内は当然のように考えた。そしてあわよくば青い柿を見つけてきて欲しいと願った。
躊躇している場合ではないと、奇しくも二人は同じことを思った。
「竹内、俺が合図をしたら、目を閉じろ。開けて良いって言うまでは絶対に目を開くな」
「こんなときに、目を閉じろだって? 死ねってことか?」
「そうじゃない! 絶対に死なせない。だから、たのむ、目を瞑っていてくれ」
真剣な物言いの松下を視界の隅にいれ、竹内は悩む。信じるべきか、背くべきか。すぐに答えは出た。松下は竹内のかけがえのない友達だ。
「分かった。目を瞑ってやる。けどな、これが終わったら、髪を切らせない理由を吐いてもらうからな!」
「・・・・・・分かった」
「約束だぞ!」
「約束だ」
松下の返事を聞き、竹内は黙り込んだ。怒鳴っていたから標的にされていたのだから、静かにしていれば標的にならずにすむ。今度は松下が標的になる番だ。
松下が両手を打ちつけて音を鳴らす。
パン、パンと、等間隔に打ち鳴らす。
蟹の目が松下を向いた。
「目を瞑れ!」
「おう!」
竹内はぎゅっと目を瞑った。眉のあたりが震えるほどに強く瞑る。心の中で、数を数えた。一、二、三、と松下が鳴らす音に合わせて数える。
十三を数える頃、松下の「目を開けて」という声を耳にした。
「本当にいいのか? 開けるぞ?」
「ああ、大丈夫だ」
竹内はパチリと目を開けた。
最初のうちは、強く目を瞑り過ぎたせいで焦点がぼやけてしまったが、だんだんと視界がクリアになるにつれて竹内は首を傾げた。
「蟹がいなくなった? は? 海に帰ったのか?」
「蟹なら、そこにいる」
松下が指差す方向を見ると、そこには巨大な岩があった。はて、こんなところに岩などあっただろうか。しかも、よく見れば蟹のような形の岩だ。
「岩、だな? すげえ蟹っぽい岩だな?」
「それがさっきの蟹だ」
「ま、まっさかあ」
「ああ、そうだ、俺が髪を切られたくない理由だけど、俺、メドゥーサの末裔なんだ」
「はい?」
竹内は松下を見た。どこからどう見ても、髪がボサボサなだけの普通の男だ。確かに、髪の毛は蛇のようにうねってはいるが、蛇なわけではない。
竹内もメドューサの逸話は知っている。その姿を見たものは石となってしまう、という有名な話しだ。たしかに、松下がメドューサであれば、石化した蟹も筋が通る。竹内に目を瞑れと言った理由も分かる。
しかし、竹内もすぐには信じられない。
「つまり、お前の髪は実は蛇で、蛇を切ったら可哀想だから、髪は切れないってことか?」
「まあ、そんなところだ。信じられないか?」
「信じられん! けど、蟹が石になっちまったのは事実だしな。・・・・・・って、ちょっと待てよ。石になっちまったら、食えねえじゃねえか! 俺の蟹味噌が!」
竹内の言葉に今度は松下がポカンとした。石になった蟹をさわさわと触る竹内を見て、松下は吹き出した。
「笑うんじゃねえ! 大事な食料だぞ!」
「あはははっ、そ、そうだった、ふはっ」
竹内の中では、友達が怪物かどうかよりも、蟹を食べられないことの方が大事件らしく、松下は笑いが止まらなかった。
「ちぇっ、巨大蟹食いたかったなあ」
「ごめんごめん。気長に釣りでもしよう」
蟹から興味を失った竹内が歩き出す。その後ろを松下は歩く。
「あっ、そうだ、どっちが多く釣れるか勝負しようぜ」
「呑気だな。でも、まあ、いっか」
「そんで、俺が勝ったら、お前の頭、ヘアアレンジさせろ」
「はは、喜んで」
無人島を照らす太陽はまだまだ高いところにあった。
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