年齢不承 【ショートショート】
精神年齢に応じて肉体が成長する技術が定着して久しい現在、世の中には立派な髭を蓄えた渋い二十代もいれば、ランドセルが似合う見た目のまま一生を終える者もいる。
当然ながら、社会の仕組みもそれに順応した。
車の運転免許や高度な専門資格、あるいは酒やタバコの購入に至るまで、すべては見た目、すなわち心身の成熟度合いによって許可される。
年齢確認は顔つきや骨格を見るだけで済む、非常に合理的な社会である。
この男は、暦の上では三十代だったが、容姿は小学校児童そのものだ。
彼はその現実に強い不満を抱いていた。
根っこから我の強い男は、自分が他者から子供扱いされることを、酷く見下されているように感じていたのである。
「大人たちは気取ってばかりで嫌だ。あんな連中に比べたら、俺の方が十分に大人のはず」
男はいつもそう言っていたが、彼の身長が伸びることは一向になかった。
ある日、男はインターネットの暗がりから、一つの違法な薬を手に入れた。
実年齢相応の肉体へ成長できる薬である。
高額だったが、小さな手伝いで大人たちからコツコツ集めた貯金をはたいて購入した。
男にとっては、金よりも自尊心を満たすことの方が重要なのだ。
届いたのは、小瓶に入った赤い錠剤である。
男は躊躇わず薬を飲み込んだ。
全身の骨が軋むような激痛に襲われ、彼はそのまま意識を失った。
翌朝、男が目を覚ますと、視界の高さがまるで違っていた。
洗面所に行って鏡の前に立つと、年相応の精悍な顔つきをした三十代の男と目が合った。
広い肩幅に、筋肉もしっかりとつき、顎にはうっすらと無精髭まで生えている。
「ついに、俺は本当の姿を手に入れたぞ」
男は歓喜した。
父の服をこっそり借り、急いでサイズの合う服を買いに出かけ、身なりを整える。
鏡に映る自分は、どこからどう見ても立派な大人であった。
男は意気揚々と夜の街へ繰り出した。
大人の世界を満喫するため、これまで入ることを許されなかった高級なレストランの扉を堂々と開け放つ。
ウェルカムボードの前で視線をふらふら踊らせながら待っていると、スマートな身のこなしで初老のギャルソンがやってきた。
「ご予約はされておりますでしょうか」
「していないが、空いてるだろう」
男は顎をしゃくって答える。
ギャルソンは不意を突かれたように目をわずかに瞬かせたが、すぐに丁寧なお辞儀をした。
「申し訳ございません。本日はあいにく満席となっておりまして」
「ふざけるな。見れば、奥の席が空いてるようじゃないか。俺を間抜けな子供だとでも思っているのか」
男の威勢のよい声が店内を渡る。
周囲の客たちが、こちらへ視線を向けた。
彼らはみな、振り向く動作までも落ち着いた大人の雰囲気を纏っている。
「あちらはご予約のお客様の席でございまして」
「いいからさっさと案内しろ。失礼な奴め。客に向かってその態度はなんのつもりだ。教育が行き届いていないんじゃないか」
男はレジのカウンターを強く叩いた。
彼にすれば、いい大人としての威厳を示しているつもりである。
しかし、周囲の大人たちの目は、恐怖や畏敬ではなく、どこか不思議なものを見るような、困惑の色に染まっていた。
彼らは、立派な体格の男と、そこから繰り出されるあまりに幼稚な振る舞いのギャップに、脳の処理が追いついていなかったのである。
なおも、男は構わず声を荒らげた。
「俺は大人だぞ。立派な三十代だ。お前らみたいな気取った奴らに見下される筋合いはないんだ」
地団駄を踏み、顔を真っ赤に怒鳴り散らす。
その時だった。
全身の骨が、激しく軋むような音を立てた。
「あ」
男の視界が急激に下がっていく。
着ていたジャケットが、ズボンが、たちまちぶかぶかになり、床へと崩れ落ちた。
違法な薬の効果は、たったの半日しか持たなかったのだ。
あるいは、幼い感情を高ぶらせ過ぎたせいかもしれない。
布の山の中から顔を出したのは、元の小学校中学年ほどの姿に戻った男だった。
あんまりな出来事に、店内は静寂に包まれる。
男は事態を把握し、顔を青くした。
大人の姿で威張り散らしていた自分が、実は子供であったことがバレてしまったのだ。
これまでにない強烈な羞恥心が込み上げ、男は泣き出しそうになる。
「違う、俺は、本当は大人なんだ」
甲高い声が虚しく響く。
男は惨めさのあまり、床にへたり込んだ。
すると、先ほどまで男に対応していた初老のギャルソンが、ふっと表情を和らげた。
彼はしゃがみ込み、男の目線に合わせて優しい微笑みを見せる。
「なるほど、そういうことでしたか」
周囲の客たちからも、緊張をはらんだ空気はすっかり消え去っていた。
代わりに満ちていたのは、温かい寛容さ。
ギャルソンは男の頭を優しく撫でながら、周囲の客に向かって言った。
「皆様、お騒がせいたしました。どうやら迷子のお子さんのようです。なにぶん、幼い子供のやったことですからね。どうかお許しくださいませ」
「ええ、もちろん」
「子供は背伸びをしたがるものよね」
大人たちは皆、微笑ましく頷く。
そこには一切の悪意も、怒りもなかった。
ただ純粋に、聞き分けのない子供を宥める大人たちの、成熟した余裕だけがある。
男は、自分が最も忌み嫌っていた子供扱いを、これ以上ないほど決定的な形で浴びていた。
店にいる者たちにとって、男の先ほどの横暴な振る舞いは、大人の傲慢ではなく、子供の癇癪として完全に腑に落ちてしまったのだ。
「ほら、お迎えをお呼びしますから、お家へ帰りましょうね」
ギャルソンの優しい声色に、男は何も言い返すことができず、ぶかぶかの服の中で、ポロポロと涙をこぼした。
