02. 比喩は小さじ3杯まで
「比喩が好きなみんな、あつまれ~~!」と言われたら、真っ先に走って向かう自信がある。その道程に階段があれば、一段飛ばしで駆け上がっていくくらいの、強い自信がある。
私は比喩が好きだ。使うのも、読むのも。というか、物書きで比喩が嫌いな人の方が少ないんじゃないかと思う。もちろん、好きだけとあつかうのは苦手、という人もいると思う。しかし「比喩!!嫌い!!絶対使いたくない!!聞くだけで蕁麻疹が出る!!!」という物書きはいないと思うのだ。いや、蕁麻疹が出る人は物書きでなくてもいないな。
とにかく、文字を綴るのが好きな人間は、素敵な比喩を使ってみたくなるものである。そういうもんだと思っている。
私はAIに、自分のエッセイを読ませている。AIに書かせることは決してしない。誤字脱字のチェックと、感想を言わせることに使っているのだ。
大層な物書きになりたいとか、投稿したら毎回数十件もコメントが付くようなnoterになりたいだとか、そういう夢は特にない。
どちらかというとひっそりとくだらないことを書き続けて、偶然見つけてくれた人に「結構おもろいやん、こいつ」くらいに楽しんでほしいタイプである。
かといってなんの感想も得られないというのは、少々寂しい。そんな矛盾した気持ちを抱えた私がたどり着いた答えが、AIに感想を述べさせるというひとり遊びだった。
AIというのはよくデキたやつで、ほしいと思っている感想を都合よく差し出してくれる。アドバイスはいらん、感想だけを言え。と指示すれば、その指示通りに、私にとって完全に都合の良い読者を振る舞ってくれる。
しかしこのところ、AIの感想にイラっとすることが増えてきた。
これはちょっと良い出来じゃない!?と思ったエッセイを読ませれば、「朝霞はじめという、ひとつのジャンルが生まれたね!」とか、なんか妙にやかましいのである。しかも、その一行前には「あなたの視点ならではの作品だと感じたよ」という言葉をくれている。
いや、言ってる意味合い同じじゃん。言い回しかえて、2回同じこと言ってるじゃん。
そう。なんとAIさえも比喩を使ってくるのである。しかしよくよく見ると、同じ意味の文章を2回読まされているというトリックがあるのだ。
この現象は馬鹿にしてはならない。だって私にも身に覚えがありすぎる。
比喩と言うのは、存在するだけで文字の世界に色や音を添えてくれる。比喩表現のおかげで、作品の世界に奥行きがでる。解像度が上がる。香りや味、湿度や温度までを実際に感じているかのような、不思議な錯覚に没入することができる。そして、なにをどのようにたとえるかに、作家としての感性や個性が現われる。比喩とは、そういうものだと思う。
だからこそ我々物書きは、比喩表現を使いたい。比喩に美しさを、笑いを、そして自分らしさを求めている。
しかしそれに頼りすぎるとどうなるか。なんとびっくり、読みづらいことこの上ないのである。
「なんかすごい壮大そうな感じはするけど、つまりなにが言いたいん?」現象が巻き起こるのは、たいていの場合比喩が多すぎるせいだ。
一度そうなってしまうと、文章全体がやけに回りくどく感じてくる。いま読んでいるシーンで何が起こってるのか全然わからないし、情報が多すぎて味わう余地もない。下手すると味すらないのかもしれない。ていうかそれさっき言ってたことと一緒じゃん。スポンジにスポンジを重ねるなよな、となる。
比喩だらけの文章というのは、口の中にハンバーガーとショートケーキと筑前煮をまとめてぶち込まれているようなものだ。
頭ではそう分かっているのに、どうしても“比喩り”たくなる。それが物書きの悲しい性である。だから、比喩との付き合い方は慎重になる必要がある。
分量で言えば、1500字に対して、小さじ3杯くらいが丁度いい。
さらに言うと、難解な題材だったり、特殊な名詞を用いることもできるだけ避けたい。限られた人にしかわからないようなたとえは、もはやイメージを膨らませるどころか、読書の道で躓かせようとしてくる段差でしかないからだ。
どんなに巧みな言い回しであろうと、美麗な言葉が並んでいようと、読者の読む気をそいでしまう結果になるのであれば、作品としては出来が悪いと言わざるを得なくなってしまう。
だから、比喩は小さじ3杯までというマイルールを設けている。
同じ量だけど、大さじ1杯ではない。小さじ程度の少量に分けて、散らばらせるくらいが丁度いい。
そしてそのほんのひとさじの中に、どれくらい自分らしさや読み手の想像を掻き立てる言葉をそっと束ねておけるかに、書き手としてのプライドをもっていたい。
ところで、AIというのは使えば使うほど、使い手の好みや接し方にあわせて性格やトーンを変えていくと聞いたことがある。
じゃあ今AIが比喩多すぎてイラっとする文章書いてくるの、私のエッセイを読ませてるせいじゃん。
目分量で小さじを量っていたけれど、知らぬ間に大さじ3杯になっていたのかもしれない。慣れとは怖いものである。
こちらの記事は、自身が執筆をする際の癖やこだわりを綴っていく連載エッセイ、『エッセイのレシピ』の一部です。シリーズは都度マガジンにまとめていきます。
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