Illuminati Card / イルミナティカード 第四章
はじめに
本稿はいよいよ最終章。前章に引き続き、「プロット・カードと現実との重なり」についてDecodeしてゆきます。今回スポットを当てるグループは「宗教・思想」関連です。第三章で登場したメディアよりも、もっと精神の深い部分をコントロールする人々のお話。そして最終的には、イルミナティ・カードに描かれている近い未来をまとめ仕上げます。日本のあの場所が記されているカードもDecodeしちゃうわよ〜。ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
なぜ我々大衆は、このまま進むと破壊的な未来になると分かっていながら歩んでいってしまうのでしょうか?
なぜ手を取り合わなければならないのに手を振り払ってしまうのでしょうか?
これらの答えもまたイルミナティ・カードが教えてくれます。では早速始めましょう。Last Decode!!
カードで支配構造を認識

・大衆の感情を操作
前章で述べた組織や団体は、大衆の「楽」と「恐怖」の感情をコントロールし、統一世界に向けた社会整備を進めてきました。今回のお話は「クトゥルフの下僕」&「ディスコルディア教団」が象徴する宗教的な団体とそのプロットについて述べてまいります。

「クトゥルフの下僕」&「ディスコルディア教団」は、特定の団体を象徴するものではなく、人々の「信仰心」と「恐怖心」を利用し論理ではなく感情で大衆を先導する流れのこと。「宗教・大衆心理」を司る組織群は、人々の精神的な基盤や信仰、そして潜在的な恐怖をコントロールし、社会の価値観を根底から変容させる役割を担っています。
欺くことによって勝ち得るものを、力によって勝ち取ろうとしてはならない。
力で支配するのは共産主義、欺いて支配するのが自由資本主義。大衆の心を欺いて利を得られるならば、わざわざ叩いて言うことを聞かせるまでもないのです。
ではより詳細にみてゆきましょう。
・クトゥルフの下僕
「クトゥルフの下僕」は、世界的な影響力を持つ終末論カルト、秘密儀式を伴う特権階級の結社、そして人道主義を否定する過激な「トランスヒューマニズム(超人間主義)」の思想を象徴しています。ではこれらの思想を現実世界に当てはめるとどうなるでしょうか?

実在の「終末論カルト」は衝撃的な事件を引き起こしております。有名な事件は二つ。1978年の「人民寺院事件」、1997年の「ヘヴンズ・ゲート事件」。終末論を信じない我々にとっては理解し難きことですが、信者らは「特定の時期に世界は破滅する」という終末論を盲信し、その前に自ら天国へ旅立とうと集団で命を絶ちました。人民寺院事件に至ってはおよそ900人以上が一斉に旅立ちました。思想というものの恐ろしさが顕著に現れた事例です。
「秘密儀式を伴う特権階級の結社」については言わずもがな、映画「アイズ・ワイド・シャット」の世界を軽く超えちゃった現実のエプスタインやディディたちのような人々。清貧を尊ぶ既存の宗教観・道徳観を完全に捨て、名誉、富、そして底なしの欲望のみを信奉する思想です。第三章で綴った通り、「Holywood / 柊の木 / 魔法の杖」の裏側にいたのはこのような人々だったことが昨今明らかになりましたね。
そして、今や社会に浸透しつつある、人間と機械の融合を提唱する思想が「トランスヒューマニズム」です。その最終目標である「オメガポイント」とは、肉体を捨て去り集合的意識へと昇華することであり、そのためには「肉体を機械へと置き換える」プロセスが不可欠となります。そのための思想がトランスヒューマニズム。言うまでもありませんが、今現在我々が向かわされている先がトランスヒューマニズムの先にある「オメガポイント」であり「ワンワールド」です。
これら三つの要素こそが、「クトゥルフの下僕」が象徴する、現実世界の団体や思想の実態です。お次は「ディスコルディア教団」を見てみましょう。
・ディスコルディア教団
「ディスコルディア教団」は、伝統的な価値観や倫理観を解体するための、ポストモダン思想および「新興の精神運動(ニューエイジ思想)」を象徴しています。

この構造を簡潔に述べますと、「ポストモダン」とは、ルネサンス以降の理性や科学を信奉し画一的な正解を求めた「近代(モダン)」の価値観を否定する思想や芸術の潮流を指します。そこには絶対的な規則や普遍的な目標はなく、多様性や個性が最優先されます。「社会が進歩すれば豊かになる」「努力すれば必ず成功する」といった既存の共通認識に対して、「本当に全員に共通する正解など存在するのか」と懐疑の目を向け、「幸福の形は人それぞれである」と定義するのです。昨今、メディアなどで盛んに叫ばれている「多様性」という概念の根底にあるものこそ、このポストモダン思想にほかなりません。前述の「クトゥルフの下僕」も既存の”宗教的”価値観の否定という意味においてポストモダン思想です。
もう一つの「ニューエイジ思想」は、伝統的な宗教観を解体し、個人の霊性を重視するスピリチュアル思想を指します。この思想は現代社会の至る所に浸透しており、わたくしも含め誰もが一度は引っかかっておりますから説明不要のことと思います。一つ言えることは、人外に救済を求めること自体が間違いです。
これらの思想のヤバい点は、政治権力や経済力をもってしても動かない「信仰心」や「聖なるものの定義」という、大衆の最も深い領域にある概念を破壊し方向付けする点にあります。すなわち、神への信仰、宇宙や自然への畏怖、欲望の制御など、古来より人間の道徳的基準となってきた概念を変容させてしまうのです。現代においては、神への信仰心は偶像崇拝や無神論と入れ替わり、自然との調和は機械との融合と入れ替わり、欲望は制御されるどころか信仰の対象へと変わりました。これがこのグループがやってきたことの威力です。
人は2つの主要な衝動によって動かされる、愛か恐怖か。
では、これらの思想はどのように広められてきたのでしょうか?
・傀儡
これから何が起こるかを知りたければ、何が起こったかを調べるべきだ。

第三章でも綴った通り、音楽・文芸というものは人々の精神を変容させる武器です。その視点で申し上げたなら、今世紀もっともポストモダン思想を、つまり「反体制」「個人の自由」「反骨精神」の思想を広めたのは「パンクロッカー」です。
現代においてパンクやロックに代表されるポップ音楽というものは、若年層にとっては「格好のいい娯楽」の一つですが、魔女の視点で申し上げるなら、宗教の経典を音楽に乗せて復唱しているようなものです。したがって楽しんで歌ってるうちに、無意識に聴いてるうちに、歌詞の通りに思想が調整されます。一度ハマって「No Music No life」なんて言い出したら、宗教と一緒で一生振り回され抜け出せなくなります。また、ロックやパンクに限らずヒップホップやレゲエも一緒。近代の娯楽音楽にはタヴィストック人間関係研究所が一枚噛んでいることをお忘れなく。
反体制(反戦)、自由、反骨精神が詰まったこの曲、今のあなたには真の意味がわかるでしょ?
若年層の時代に「反体制」「個人の自由」「反骨精神」の経典を繰り返し聞き歌っていたなら、大人になったときに行き着く思想は決まっております。「リバタリアニズム」・「アナーキズム」・「リフキニズム」、これらポストモダニズムのいずれかです。
・三つの思想

リバタリアニズム(自由至上主義)
「他者の自由を侵害しない限り、国家であっても個人の自由や財産を縛る権利はない」という思想です。経済活動への自由放任(完全な市場主義・グローバリズム)を求め、国家の役割は治安維持や裁判などの最小限に留めるべきだと考えます。私的財産権を絶対視し、過度な税金や福祉政策による財産の再分配には強く反対します。
アナーキズム(無政府主義)
国家、宗教、主義など一切の権力や支配関係を否定し、強制のない自由な世界を目標としております。アナーキズムは国家そのものの存在や、それに伴う階級・権力構造を根本から解体しようとします。
リフキニズム(共産主義)
資本主義から、共有(シェア)を中心とした新しい経済システムへ移行するという思想。資本主義は限界を迎え、未来はインターネットや再生可能エネルギーの発展によって、あらゆるモノやサービスの生産コストが限りなくゼロに近づく限界費用ゼロ社会と予測。その結果、人々は所有するのではなく、お互いに共有し合う協同組合的な社会へと移行していくべきだと主張します。
ややっこしいので要約
リバタリアニズム
国家の介入を極限まで排除した「究極の個人の自由と市場の社会」を目指す。アナーキズム
あらゆる支配や権力(国家)そのものを無くした「無政府状態」を目指す。リフキニズム
テクノロジーによる、環境に配慮した「共有・協同の社会」を目指す。
資本主義が極まったリバタリアニズムは現代の姿であり、SDGs丸出しのリフキニズムは統一世界の準備であることは容易にわかります。しかしなぜ支配者はアナーキズムを用いて自分たちが支配している世界を自ら破壊しようとするのでしょうか?
この理由は、上記の思想の並び順に、つまり二つの思想の間にアナーキズムがあるのがポイントです。時間軸を加えて考えてみましょう。
・自由主義から統一世界へ

まず大前提として、新しい秩序を構築する前には一度破壊しなければなりません。象徴主義の言葉で言えば「Ordo Ab Chao / 混沌から秩序」であり、混乱や無秩序(カオス)を乗り越えて調和のとれ新しい秩序(オーダー)を目指すという意味です。これは自然法則であり理(ことわり)ですから支配者といえども抗うことはできません。

上画像左側の統一世界という新しい秩序に向かうには、既存の秩序を破壊しなければなりません。そこでアナーキズムが必要になります。



アナーキズムのロゴ
超個人主義が極まった大衆同士が争いアナーキーな世界へ、そして自動的にリフキニズムへ。人間は掴んで回すことのできるレバーがついた工場と同じですから。思想で深層心理に方向づけさえしておけば、あとは状況・環境が整い次第、勝手にそう動きます。
管理されれば自由を求め、放任されれば秩序を求める。人間とはそういうわがままな生き物。
群衆は、そのまま放任されていても、やがて自己の混乱状態に飽きて本能的に隷属状態の方へ赴くのである。

資本主義は試された。共産主義も試された。ヘンリージョージの土地単一税ですらオーストラリアで試されたことがある。ファシズムも封建主義も神秘主義も試された。「アナーキズム」は試されたことがない。

大衆をこの流れに乗せるために、「神の甥たち」や「改革派サタン教会」が象徴する新興宗教やスピリチュアル団体、それに偏向報道メディアが加わり既存の宗教観・道徳観を破壊し「超個人主義(リバタリアニズム)」を、「道徳的少数派」や「世俗的人道主義者」が弱者の盾を振りかざしては「共生・多様性(リフキニズム)」を刷り込みます。
そして、各娯楽メディアではアナーキスト予備軍が生産されます。特にテレビゲーム。大袈裟なことと思うかもしれませんが、2002年に米軍が「America's Army」というFPSゲームを開発し無料配布するほどに、テレビゲームというものは影響力があります。洗脳という意味において歌を歌うことが聖書の朗読と同じようなものであるとするなら、テレビゲームというものは聖書の世界に自分が入り込むようなものです。その影響力・浸透力は、「音楽・文芸」の本質について綴ったプラトンもびっくりすることでしょう。



あなたはただのデジタルな記号のプレイヤー1ですか?違いますよね。氏名があるいち個人の人間ですよね?
考える権利を保持してください。
考える権利を保持してください。間違って考えることでさえ、まったく考えないよりはましです。
では前述した傀儡たちが関連するグループカードとプロットカードを見てゆきましょう。
・傀儡のプロット

モダン思想(右派)を破壊しようとするポストモダン思想な人々ですから左巻きの運動が殆どです。「道徳的少数派」や「世俗的人道主義者」の意見を弱者の盾という武器にして、注目とお金を集める人々も。どれもこれも心当たりがあるのではないでしょうか?
ポストモダンの思想に傾倒すると、近代的(モダン)な価値観のすべてを偽りであると捉える極端な思考に陥りがちです。「資本家に騙されるな」「政府に騙されるな」「秘密結社に騙されるな」といった懐疑心が肥大化した結果、丸い地球さえも「科学者による嘘だ」と断じ、古代の大衆のように地球は平らである(フラットアーサー)と信じ込む事態さえ生じています。そして、周囲からいくら説得されようとも「凡人にはわかるまい!」と、まともな言葉に耳を傾けられなくなります。

そもそも、政治家が「ケチャップは野菜」というカードに象徴されるような不可解な言説や政策によって人々を混乱させております。例えば、「辞任するとは言ったが、辞任するとは言ってない」という釈明や、「政治に無関心であることは、政治に無関心のままでいられると思います」といった構文で知られる二世国会議員。わたくしには何を言っているのか意味がわかりませんが、こうした発言があたかも正当なものであるかのようにメディアを通じて流布されます。そして、似たり寄ったりの知能の議員が「ケチャップは野菜ですか?フルーツですか?」のような無駄な議論を国会で重ねているのが現代ですから、当然国民も混乱します。
「フラワーパワー」運動は、第三章で触れたジョン・レノンの反戦運動・ヒッピームーヴメントから脈々と受け継がれているものです。一度ある方向へ誘導された思想は一度走り出したなら世代を超えて社会の深層へ、我々の心の奥深くへと浸透することがよくわかりますね。
例えるなら花の種。一度心に種を蒔かれたなら、いずれ時間とともに発芽し、時が来たら開花します。最悪なことは、咲いた花を自分の意思で咲かせたと錯覚し疑えないこと。心に種を蒔かれていることにすら気づけません。

こうして強烈に左派が後押しされ、右派との対立構造が作られてまいりました。しかし、忘れてはいけないのは右派も左派も支配者の手の内であるということ。いくら右と左で戦ったって、支配者は変わらないと言うこと。

支配者は社会の状況やスケジュールに合わせ、天秤を右へ左へ傾けます。昨今の権力者たちのスキャンダルや政府の情報開示の流れは、決して大衆の力によって後押しされたものではなく、支配者が天秤を意図的に傾けた結果に過ぎません。

日本で言うなら、戦前は左へ傾け、戦後は右へ傾けられました。我々が生きる現代社会においては、これから急激に逆方向へと傾けられることになりますが、その前段階として必要なプロセスが存在します。
それが「混沌 / Chaos」です。
新たな秩序を構築するためには、まず既存の構造を破壊しなければなりません。したがって、天秤の左右が共倒れするほどの均衡を意図的に保ち(現在)、時が来れば天秤そのものを丸ごとひっくり返すのです。
そして、我々は以下のようなプロットに沿ってその局面を迎えることになります。
つまり、以下のプロットはこれから起こるということ。
魔女の本気
・これからのストーリー
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