初めての方へ
令和7年6月2日初稿(折々に書き直します)ーー
初めまして。宋吉寺の16代目の住職をしております。西川と申します。
愛知県名古屋市中区の寺院にて坐禅会をしております。
当寺院は江戸時代の清洲越え、いわゆる江戸時代の始まり、もっとわかりやすくいうと名古屋城ができたあたり1600年あたりが創建とされています。
坐禅会も私の曾祖父にあたる13世住職の時代には行っており、今現在行なっている金曜日、第三日曜日、足助坐禅会は少なくとも半世紀前、多分6、70年くらい前から引き継いで行われております。
コロナ禍も、歴代の住職なら変わらず坐禅をするだろうということで、ほぼ途切れることなく続けています。
大体の差定は昔から変わりなく慣習通り行っているので今のスケジュールがどうしてこうなっているかというと、こういう慣習で引き継いでいる…と、ご承知いただけたらと思います。
ただ、少しずつ変化を加えております。
最近大きく変えたのは、第三日曜日は坐禅が1炷40分であったのが、2炷30分ずつ(経行5分)に変わりました。また、今年から偶数月に各月摂心会を始めました。毎日5炷ほどですが一週間毎日続けて坐禅を組んでいただける場所として使っていただけたらと思います。
この変化の理由は、今ご参加いただいている参禅者様にあります。決して人数は多くありませんが、坐禅を座る場所を求めて来てくださる方が多いため、じゃあ坐禅の時間を増やそうかとなったわけです。
(単に、宗教離れで寺の仕事が減っている、私自身、親の介護を終えて余裕が出たという理由もありますが…。)
どこの坐禅会も同じだと思いますが、坐禅会は習い事として行っているものではなく、参加者🟰お客様という風には見ておりません。それぞれが一緒になって場所を作っていくものだと思っています。
もちろん、住職としてどう運営していくかの決断、いざという時に参加者の方に安全を確保した上で安心して座っていただくという責務はありますが、その時にいる参加者さんと一緒に坐禅の空気を作っていくのが坐禅会だと感じています。
昔、中国の話で陵武帝が達磨大師に供養を施し、伽藍を建立し尽くしており、その中で「どんな功徳がある?」と聞かれた答えに対して達磨大師は「不識(知らず)」と答えられました。
いわゆる「無功徳」です。
なにかを得たり習得するための功徳や願望のための習うための坐禅ではありません。その時々座る瞬間を大事にしていただけたらと思います。
なので摂心を始めた理由づけも特にしていませんだだ長く座る時間も必要だよね?という程度の理由に留めております。
もし、そこに意義や理由を加えてしまっては「○○のための坐禅!」となってしまうからです。それは陵武帝が仰られた「これだけやったらこういう功徳があるよね?」という固定化された坐禅になってしまうからです。
そんなこんなで、坐禅会を行っております。現在は、新しい参加者の方には坐禅会の始まる少し早い時間(20分前)に来て座り方の指導を受けていただき、実際に他の方と同じように座っていただいておりますが、私自身が基礎に立ち返って、初心の方にわかりやすく坐禅を組んでいただく機会を設ける必要があると思い、これから思案して実施していこうと思っています(まだ何も進んでいない)
このnoteを書くというのもまさにその一環というか、決意というつもりで始めました。いつまで続くかは分かりませんが坐禅会の雰囲気が伝わればいいなと思っております。
坐禅会の参加に各種SNSを通じてご連絡をいただいても構いませんが、私がアナログ人間のため返事がない場合があります。あまり返事がなければ宋吉寺に電話をかけていただければと思います。当日飛び込みで来ていただいても大丈夫です。
是非お越し下さい。
【坐禅会日程】
○宋吉寺坐禅会
毎週金曜日18-20時半
第三日曜日13時半−17時
偶数月摂心 第2週月−日 15−20時(変動あり。要確認)
宋吉寺ホームページ
○足助坐禅会
豊田市東川端町古民家にて
第一日曜日13時半−日没まで
足助坐禅会はインスタグラムにて情報を載せています。竹林禅苑でGoogleマップ検索もできます。
