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「だ、である」より「です、ます」の方が私には合っていたみたい

投稿がストップする前までは、自分の頭の中で考えていることを記事にする場合は「だ、である調」を好んで使っていました。

その当時よく読んでいた方々のエッセイやコラムがほとんど「だ、である調」だったので、自然と私もその書き方になったというのが大きな理由ですが、

「です、ます調」とは違うその硬質な文章に独特のクールな魅力を感じて、自分もそういった雰囲気を出したいという願望から「だ、である調」で書いていたというのもあります。

しかし、投稿を再開し始めて改めて「だ、である調」で文章を書いてみると、どうもしっくりこない、何か違和感を覚えるようになりました。

無理に背伸びをしているのが滲み出てるような、あるいは本来の自分とは異なる仮面を被っているのが恥ずかしくなってくるような感覚に陥ったのです。

以前はこれでいいんだと思っていたはずなのに、今ではどこか不自然に感じてしまう。時の流れとともに、自分の内面や文章に対する価値観も変化したのかもしれません。

そこで、試しに「です、ます調」で文章を書いてみたところ、びっくりするほどスムーズに、そして自然に筆を進めることができました。

なんというか、完成したと思っていたパズルに、微妙に形が違うピースがはまっていることに気付いて、それを入れ替えることでようやく完成してスッキリした。ような感覚です。

「です、ます調」で書く文章は、私自身の言葉遣いや話し方に近く、みなさんに対しても素直な気持ちで語りかけることができていると感じました。

この変化は、単なる文体の好みの問題にとどまらない、より深い自己発見へと繋がっているように思います。

「だ、である調」を使っていた頃の私は、「こうあるべきだ」という理想像に囚われていたのでしょう。それで自分を守っていた部分もあったのかもしれません。しかし、「です、ます調」で書くことは、その鎧を脱ぎ捨て、より等身大の自分を受け入れることと重なります。

少し調べたところ「です、ます調」は、読んでくれる方々との距離を縮め、親しみやすさや丁寧さを表現するのに適しているとのことです。

私の文章を通じて、読んでくれている方々に何かを伝えたい、共感してもらいたいという気持ちが強くなっている今、この文体はまさに最適だと感じています。かつて憧れた「クールな雰囲気」よりも、今の私には「分かりやすく、温かい繋がり」の方が大切なのかもしれません。

これからも、私の言葉で、私の視点から、日々感じたことや考えたことを綴っていきたいと思っています。

そして、文章を書くこと自体が、私にとっての自己表現であり、内省のプロセスなのだと改めて感じています。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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井下 万丈(いのしたまひろ) konna tokoro made yonde kurete arigatou. demo tokuni nanimo omoshiroi koto kaite naiyo.