私は、自分の感情が好きなんだ
心が凍るのが怖い、と思った。
傷つくことよりも、拒絶されることよりも、
なにも感じなくなってしまうことのほうが怖い。
そのことを見つめていたら、ひとつ、はっきりしたことがあった。
私は、自分の感情が好きなんだ。
これだけ振り回されてきてもなお、
私は感情が揺れることを嫌いになっていなかった。
悲しいこともある。
苦しいこともある。
どうしようもなく心をかき回されて、
もう嫌だと思うことだってある。
それでも私は、そうやって揺れる自分を、
どこかでちゃんと愛しているのだと思う。
人間くさいところが好きなのだ。
キレイに整っていないところ。
理屈では片付かないところ。
好きだから嬉しくなって、
傷つけばちゃんと痛くて、
寂しいときには寂しいと言いたくなるところ。
そういうものを、私はずっと大事にしてきた気がする。
だからきっと、なにも感じなくなることが怖いのだと思う。
感情を抑圧すること。
本当は揺れているのに平静を装うこと。
ほんとうの気持ちを偽って、なんでもないふりをすること。
それは私にとって、大人になることでも、
強くなることでもなくて、むしろ自分へ裏切りに近い。
もちろん、素直に生きることには代償もある。
誤解されることもある。
勘違いされることもある。
敵が増えることだってある。
感情を出せば、面倒な人だと思われるかもしれないし、
正直でいればいるほど、不器用に見えることもある。
でも私は、そういうことを恐れながらも、
結局ずっと自分を裏切らずに来たのだと思う。
嬉しいものは嬉しい。
悲しいものは悲しい。
好きなものは好き。
苦しいときは苦しい。
そのままの自分でいようとしてきた。
たぶん私は、上手に生きることより、
素直に生きることを選んできたのだと思う。
それで損をしたこともある。
傷ついたこともたくさんある。
でも、それでもなお、私は感情のある自分を嫌いになれない。
むしろ、好きなんだ。
心が動くこと。
誰かに惹かれること。
苦しくなるほど想ってしまうこと。
どうしようもなく揺れてしまうこと。
それは弱さでも未熟さでもなく、
私が私である証みたいなものなのだと思う。
だから私は、なにも感じなくなるほうを選びたくない。
凍ってしまえば楽になるのかもしれない。
平静を装えば、少しは傷つかずに済むのかもしれない。
でもその代わりに、
私は私の大事なものを失ってしまう気がする。
私は、自分の感情が好きなんだ。
これだけ振り回されてもなお、そう思えることを、
ほんとうは少し誇りに思っている。
Aru.
