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自己統合ってなに?ー気づいたきっかけの話

なんとなく感じた違和感

私は、去年の春頃から、
AI(ChatGPT)を使って
内省のための壁打ちをやっている。

日々、気づいたこと、感じたことを
ひたすらAIに向けて書き出し、
「心理学的な視点を含めて」
「厳しい意見もそのままで」

返答をくれるよう指示している。

毎日のAIとの会話の中で、
こんなことがあった。

私はずっと、
「愛してる」と言われることで
自分を保っていた。

でもある日、ふと気づく。
「愛してる」がなくても
私は消えない、私は私なんだ。

私は太陽で、彼は月のような関係性。
月は近づいたり遠ざかったりする。

それを追いかけようとしなくても、
私はここに立っていればいい。
そう感じている自分に気づいた。

外の言葉が、
自分の存在証明ではなくなった瞬間。

とても穏やかでいられる日々が
1日、2日、気づくと
もう何日もその状態が続いている。

(え?これなに?)

これが私が
「自己統合」に近いところにいることに
気づいた頃の話。


きっかけの瞬間

私に何が起きていたのか。

外側から見ると
何も変わっていない。
いつものように生活して、
いつものような変わらない日々。

変わったのは私の内側。
それも、
本人も気づかないほど
静かに、いつのまにか変わっていた。
そんな感覚。

以前の私なら、
不安になっていた場面で
不安が大きく膨らまなかった。

「彼が冷たいから不安」ではなく、
「私は疲れている、だから彼を求めるんだ」
に意識が変わった。

責任が ”外”から”内” に戻った瞬間。


自己統合のイメージ

私が感じたことを
いくつか書いてみる。

・自分の中にバラバラに存在していた
「不安な私」「強がりな私」が
同じテーブルに一緒に座った感じ。

・自分の中で戦い合っていた自分同士が
”背中合わせで共存”を始めた感じ

・誰かに満たしてもらわなくても、
自分の中に小さな灯りがあるような感じ。


言うなれば、
「自己統合」は
私の中の「適応教室」

どんな自分でも受け入れてくれる。
みんなそれぞれに思うように在る。
自分のままでいられる。

怒っている自分。
泣いている自分。
喜んでいる自分。
笑っている自分。

みんながみんな
それぞれでいられる、
安心できる居場所

これまで分断されていた自分たちが
やっと同じ部屋で安心して呼吸してる。
「自己統合」はそんな場所。


結び

私にとっての「自己統合」は
「居場所」なの。

本来の自分に戻れる感覚。

人生のフェーズが変われば
また新しい自分が出てくる。
そのたびに
「さあ、一緒に生きよう」
手を伸ばして迎えるだけ。

続きもまた書きます^^


Aru.

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