私はもう、引き受けない
最近の私の方針。
「私はもう、相手の課題(責任)まで引き受けない」
気づけばいつも ”調整係” になっていた私。
・私が我慢すればいい
・私が変わればいい
・私がやればいい
これ、実は「優しさ」ではない。
本当の正体は「怖さ」だった。
「引き受ける」ってどういうこと?
たとえば。
・相手の機嫌が悪いとき、
「私が何かしたんだろうか?」
と原因を探し始める
→そもそも、相手の不機嫌は相手の責任。
こちらが気にすることではない。
・場の空気が悪くなると、
とりあえず自分が丸めようと頑張る
→無意識のうちに空気を調整している
余計な仕事まで背負うことになる。
・相手の反応を見て本音を飲み込む
→言いたいことが言えず後から消耗する。
引き受け体質、あるあるな体験談。
引き受けると、一時的には平和。でも・・・
ここで、私の気づき。
・引き受けることで、その場はおさまる
・でも、体は反応し続ける
(胸のつかえ、息が浅い、身体のこわばり…戦闘モード)
・周りへの”優しさ”のつもりが
自分の心が”削れてしまう”
私が引き受けることで、
平和を買う。
でも、その代金は、私のHP。
「引き受けない」=冷たい、ではない
この話は、
「境界線を引く」
という、
人間関係において
とても大切なスキルの話。
自分の人生の責任は、各自が負う。
人間関係は「対等」
それが今の私の軸にもなっている。
上下、ではなく、対等。
相手の感情は、相手のもの。
私の責任ではない。
引き受けない=冷たい、ではなく、
「責任を本来の場所に戻すこと」
なのだと、私は思う。
引き受けないことで起きた”変化”
これは私の体感メモ。
・胸のつかえが軽くなる
・呼吸が楽になる、深く吸える
・相手の反応に一喜一憂しにくくなっていく
・関係が”対等”に戻っていく
頭や心が反応する前に、
実は身体が先に反応を示すことも多い。
これも私の最近の学び。
私が引き受けるのをやめると、
相手にもその変化が伝わる。
私が整うと、
相手との会話も整う。
そんな体験も日々重ねている。
結び
私はもう引き受けない。
その代わり、
私は私を引き受ける。
私は私をまず守る。
私は、私の人生を大切にする。
それが、
周りの人をも大切にすることに
繋がると知ったから。
境界線、
頭で理解できても、
実生活で進行形の人間関係に
落とし込むことはなかなか難しい。
私なりに思うのは、
「身体はとても正直」
ということ。
身体の感覚を確かめながら
自分の心の声と向き合い、
少しずつ自分の人生を
整えていけたら素敵だなと感じます。
あれもこれも
無意識のうちに
引き受けすぎていませんか?
あなたを守れるのは
あなた、だから^^
少しずつ
身体が楽になる方向へ
歩みを進めていけたら
いいですね^^
Aru.
