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AC=「愛されなかった」とは書かない。

私は「愛されなかった」とは書かない。

AC。機能不全家族。毒親。
そう呼ばれる環境で育った。
傷はある。未熟でもある。
でも今、私は思う。

あれは「愛がなかった」のではなく、
「愛の形が歪んでいた」だけだったのだと。

「親は親なりに愛していた」

その後の私は、
二人の子の母になり、
親が子へ抱く想いやその視点にも触れている。

私の両親は、私を愛していなかったわけではない。
愛し方がわからなかった?
いや、
「子どもの私が受け取れる形の愛ではなかった」
だと思う。

それでも、私は寂しかった。

私は、寂しかった。
傷ついたし、満たされてはいなかった。
でも、
愛がなかったわけではない。

そう思えたとき、
「親を許す」ではなく、
「親もまた人間なんだな」と感じた。

聖人でもなく、
悪魔でもなく、
私と同じ、
未熟で不完全な「一人の人間」

「彼」との出会いで開けた世界

私が、
親への新たな視点を手に入れられたのは、
ある人(彼)との出会いがきっかけだった。

彼との対話によって、
私は生まれて初めて「愛とは?」を知る。

彼との出会いで崩れたもの。
それは、
私の中にあった邪魔な鎧。
「固定観念」「幼い頃に刷り込まれた価値観」
「私には合わない常識や一般論」

彼との出会いで手に入れたもの。
それは、
私にはまだなかったツール。
「新たな視点」「新たな思考」
そして、
「私を”役割”や”機能”として”消費”しない」存在が
いる、という事実を知る。

彼を通した「自己統合」

彼は私の
・依存
・甘え
・寂しさ
・承認欲求
・境界線
・自立
全部を炙り出してくれる存在。

愛で繋がる関係は、最強の自己統合装置。
彼は、私の鏡。

だから、今の私には、書ける。

この「愛の学び」は現在進行形。
過去に置き去りにしたまま、
疼いていた心を回復させながら、
今も愛を学び続けている。

これまで書けなかった理由

ACとの共存への歩みについて
何度書こうとしても書けなかった理由。
それは、
「憎しみだけでは書けない」
そう感じていたからだと思う。

「憎しみでは世界は変わらない」

なぜか。
「憎しみ」で動いたら、
「憎しみ」で返ってくるから。

私は、
ACの学びを深めていく中で、
もしかしたら素直に話せばわかってくれるかも?
そう思って両親へ話したことがある。

「私はACだと思う」
「私はあなたたちから愛されたかった」

両親から返ってきた言葉は
「それが育ててもらった親へ言う言葉か?」
「恩を仇で返すのか?」
だった。逆ギレのような強めな言葉。

違う。そうじゃない。
私は、私の想いを伝えたかっただけ。
それでも、心のどこかに
「憎しみ」があったから、
まっすぐには伝わらなかったのだろうと
今では思う。

私の人生のテーマは「愛」

ACとわかってからの10年間、
私は「愛を学ぶ」ことを人生のテーマに掲げて
日々を生きてきた。

なぜ「愛」なのか?
はっきりと言語化はできないけど、
なんとなく感覚的に
そう感じていたのだと思う。

「私は愛を学ぶために、この人生に生まれた」と。

「愛が世界を変える」
「愛が私を救う」
「私を満たせるのは私だけだ」
「自分の人生の責任は、自分にある」

最後に…

とはいえ・・・

そんな相棒のような彼に
意地を張ってLINEを送れなかった夜があり。

娘(不登校から回復中)との対話の中で、
一緒に泣いたり笑ったり、と
喜怒哀楽に溢れた濃い時間があり。

自己統合に近い場所にいても
揺れては戻り、揺れては戻り、
そんな日々の中で、
自分の心と向き合いつつ
「今やれることをやる」という
ハチドリ精神で生きています。

まだまだ書きたいことが
山ほどあります。

私はまだ途上。
だからこそ、リアル。
リアルな迷いも
ときに道を踏み外したことも
私の「揺らぎ」をそのまま
ここにはすべてを書く。

少しずつゆっくりと
歩みを「灯り」として
置いていきます。

少しでもお役に立てますように。

Aru.


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