AC~幼少期の記憶①~
ACという言葉を知ったとき、
いちばんに感じたことは、
「親から向き合ってもらった記憶がない」
ということだった。
小学校卒業くらいまでの記憶
我が家は自営業でとても貧しかったので、
両親は共働きで常に多忙だった。
子どもは二人。
私には妹がいる。
私が覚えている親の姿は、
母はいつも背中を向けていて、
父はいつも家にいない。
ハグしてもらった記憶も、
笑顔で会話した記憶も、
一切ない。
胃腸が弱かった私
今思えば、おそらくストレス性のもの。
登校前の朝、
お腹が痛まない日はなかった。
それでも、親はなにもしてくれない。
「大丈夫。行きなさい」
家業が忙しい中、
子どもたちは学校に行ってくれたほうがいい。
私も親になった今、なんとなくそれがわかる。
(お母さんを困らせるから行かなきゃ)
いい子でいなければ生きていけない。
そう信じて疑わなかった私は、
毎朝憂鬱さを抱えたまま登校していた。
そのときの感情
本当は
保育園なんて
学校なんて
行きたくなかった。
お母さんのそばにずっといたかった。
不安でたまらなかったから。
でも、
母も父も
私を見てくれなかった。
身の回りのお世話はしてくれても、
私の心と向き合ってはくれなかった。
私の心は
いつも「孤独」だった。
今思えば、
これが「生きづらさの根っこ」
だったのかなと思う。
こんな先の見えない真っ暗なトンネルのような
「孤独感」を抱えたまま、
大人になってしまった人たちが
増えているのではないかと危惧しています。
そんな人の
灯りになれますように
願いをこめて書きます。
Aru.
