自己防衛にも種類があるらしい。
私たちはみんな、
自分を守りながら生きている。
傷つきたくない。
否定されたくない。
間違っていたと認めるのが怖い。
自分の弱さを見られたくない。
そう感じたとき、
人は無意識に自分を守ろうとする。
それ自体は、悪いことではないと思う。
自己防衛は、人が生きていくために必要なもの。
でも最近、
自己防衛にも種類があるのだと感じるようになった。
ひとつは、
周りを攻撃して、
自分を正当化することで守る自己防衛。
もうひとつは、
自分を大切にして、
自分の尊厳を守ることで守る自己防衛。
似ているようで、
このふたつはまったく違う。
周りを攻撃して自分を守る人は、
自分の痛みや不安を直視できない。
本当は怖い。
本当は傷ついている。
本当は自信がない。
本当は、自分の中にある弱さを見たくない。
でもそれを認める代わりに、
相手が悪いことにする。
「お前が悪い」
「お前のせいでこうなった」
「自分は間違っていない」
「自分は被害者だ」
そうやって、
相手を責めることで、
自分の中の不安定さを押さえ込もうとする。
その防衛は、
一瞬だけ自分を守ってくれるのかもしれない。
自分が間違っていたかもしれない、
という痛みからは逃げられる。
自分の弱さに触れずに済む。
自分が傷ついていることも、
自分が怖がっていることも、
見なくて済む。
でもその代わり、
周りの人を傷つける。
相手の心を刺す。
相手に罪悪感を背負わせる。
相手の自由を狭める。
相手が自分らしくいることを責める。
そして結果的に、
関係そのものを壊していく。
これは、自分を守っているようでいて、
本当は自分の孤独を深めていく守り方なのかもしれない。
一方で、
自分を大切にすることで守る自己防衛もある。
それは、
相手を攻撃することではない。
相手を責め立てることでも、
相手を支配することでも、
自分の正しさを証明することでもない。
ただ、
自分の心に戻ること。
「私はいま傷ついた」
「私はこれ以上は苦しい」
「私はここから先は、自分を守りたい」
そうやって、
自分の痛みや違和感を
ちゃんと自分で受けとめること。
それは静かな自己防衛だ。
相手を悪者にしなくても、
私は私の痛みを認めていい。
相手に勝たなくても、
私は私の尊厳を守っていい。
誰かを責めなくても、
私はここから離れてもいい。
そう思えること。
これが、
自分を大切にする自己防衛なのだと思う。
攻撃する自己防衛は、
外へ向かう。
相手を変えようとする。
相手を黙らせようとする。
相手にわからせようとする。
相手のせいにして、自分を守ろうとする。
でも、
尊厳を守る自己防衛は
内側へ戻る。
私はどう感じたのか。
私は何が嫌だったのか。
私はどこまでなら大丈夫なのか。
私は何を大切にしたいのか。
そうやって、
自分の中心に戻っていく。
この違いはとても大きい。
攻撃する自己防衛は、
相手の心を傷つけながら、
自分の未熟さを隠す。
尊厳を守る自己防衛は、
自分の心を守りながら、
相手との境界線を引く。
前者は、
相手を巻き込む。
後者は、
自分を引き受ける。
私は最近、
この違いをとても強く感じている。
人は誰でも傷つく。
人は誰でも怖くなる。
人は誰でも、自分を守りたくなる。
だから、
防衛すること自体を否定したいわけではない。
でも、
その守り方によって、
人は誰かを傷つけることもあるし、
自分を取り戻すこともある。
周りを攻撃して守るのか。
自分を大切にして守るのか。
その選び方に、
その人の成熟が出るのだと思う。
そして私は、
これからは後者でありたい。
誰かに傷つけられたとき、
すぐに相手を攻撃するのではなく、
まず自分の心を見る。
誰かにわかってもらえなかったとき、
相手を責め続けるのではなく、
自分の尊厳を守るほうを選ぶ。
苦しい関係の中で、
相手を変えようと必死になるのではなく、
自分が自分を失っていないかを見る。
私は、
自分を守るために
誰かを傷つける人にはなりたくない。
でも、
誰かを傷つけないために
自分を傷つけ続ける人にもなりたくない。
そのあいだに、
きっと尊厳という道がある。
自分の痛みを認めること。
自分の違和感を無視しないこと。
自分の境界線を大切にすること。
必要なら、静かに距離を置くこと。
自分を粗末に扱う場所に、
いつまでも留まらないこと。
それは冷たさではない。
それは、
自分を生きるために誠実さだ。
自己防衛には種類がある。
誰かを攻撃して、
自分を正当化することで守る防衛。
自分を大切にして、
尊厳を守ることで守る防衛。
私はこれあkら、
後者の防衛を選ぶ。
誰かを刺すためではなく、
自分を抱きしめるために。
誰かを悪者にするためではなく、
自分の心を置き去りにしないために。
私は、
私を守っていい。
でもその守り方は、
私が私をもっと好きでいられる形で
選んでいきたい。
Aru.
