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人を人として見ていない

今回の話は「誰かを責めるための話」ではなく、
”構造を見抜く”という視点からの話。

私は自分を”人”として見ていなかった

これは、ごく最近の私が気づいたこと。
体感ではもっと早く気づいていたけど、
言語化するまでに時間がかかった、そんな感じ。

AC気質を持つ私は、
人と関係を結ぶとき必ずこう考えていた。

「私はどうすればこの人の役に立てるだろうか?」

私は、自分自身のことを
「一人の人間」
というより
「利用価値のある人間」
として見てもらえることに
”依存していた”のだと思う。

「私をどうか使ってやってください」

今思えば、自ら”支配関係”に下から入り込んでいた。

その後に待つ展開

私は人間関係の構築が苦手。
その理由は、AC気質の私の”生存戦略”にある。

「親から好かれなければ、生きていけない」

幼心からそう感じていた私は、
・いい子でいること
・役立つ子でいること
を自分の”存在価値”として認識していた。

だから、人間関係で上手くいかないと、
「私が悪いからこうなった」
「もっと頑張らねばならない」と
”ありのままの自分”を抑え込み
”求められる理想像”を演じて生きていた。

”演じる私”を求める人たち

私は”役立つ自分”を価値として提供する。
相手はそれを”使う人”になる。

この構図

私がこれまでに結んできた人間関係の
主なものはほぼこの構図に当てはまる。

支配関係 = 共依存

これは私の体験談だけど、
支配関係が固定化されると、
その後必ず 共依存 になっていく。

そして、遅かれ早かれバランスを崩し、
その人間関係は壮絶な最後を迎える。
少し大げさに表現したけど、
冗談ではなく、心を病むほどの威力がある。
私はそう感じているので、正直に書く。

そもそも「人を人として見る」とは?

・利用価値ではなく”存在”を見る
・コントロールの対象にしない
・相手の内側を想像する

定義としてはこんな感じだと思う。

「人を人として見ていない」状態とは?

・役割としてしか見ない(例:彼女、妻、部下、母など)
・感情を想像しない
・自分の都合の延長線上に相手を置く

ポイントは、悪気がなくても、無意識でも起きるところ。

なぜ人はそうなってしまうのか


ここが今回の話の本題。

原因は 「不安」 と 「恐れ」 

つまり、
「相手を物化する」のは弱さの表れと言える。

私の体験(実母)

ACの私は、まず母親との関係。

母親(おそらくAC)
→私(愚痴聞き役)

うちは両親が家業で多忙だったため、
父はほぼ不在。
母の「感情の受け皿」として
私は「機能していた」という構図。

私自身の感情は、
受けとめてくれる人が不在のまま、
心の奥深くに抑え込まれることになる。

私の体験(旦那)

そして、
夫婦関係にも同じような構図がある。
(これに気づいたのは約半年前)

旦那(精神的にはおそらく未成熟)
→私(感情と責任の引き受け役)=母親役

旦那が育ってきた家庭環境を知ると、
結婚前に私のポジションにいたのは
おそらく旦那の母。
私は結婚後、無意識のうちに
旦那の”母親役”を引き受けていた。

旦那は、妻(私)や子どもたちに関心がない。
パッと見はわからない。
でも、こちらから働きかけないと
こちらに関心を寄せない。

明らかに「違う」と気づいたきっかけは、
娘の不登校問題をきっかけに
ワンオペ生活に精神的な行き詰まりを感じ、
旦那に「つらい」と打ち明けたときのこと。

旦那はひと言、

「俺もつらい」

これまでにも同じような出来事は
何度もあったはず。
でも私はそう言われるたびに

(ああ、私がもっと頑張ればいい)

そうやって引き受け続けてきたのだ。
今はわかる。

夫婦というのは
家族というのは
連帯責任、共同責任。

何かが違う。

「人を人として見る」ということは

まず、すべての基本は、

自分の人生の責任は、自分で負う

ということ。
それが分かれば、

他の人もまた、そうである

これが分かるようになる。
その上で、

・コントロールを手放すこと
・寂しさとの共存
・相手が自分を選ばない可能性も受け入れること
・それでも相手を尊重すること

これは私の今の課題でもある。

私の気づき

結婚から15年以上が経ち、
やっと夫婦関係のねじれにも気づいた私。

愛と支配は、よく似ている。
でも、その質はまったくの別物。

そして”役割”や”機能”は
けして悪者ではないけど、
それだけを見ていると本質を見失う。

そもそも、人は物ではない。

人は所有できない。


私は、自己統合に近い場所まで行き、
「感情」に振り回されることなく、
「構造」を静かに見ることで、
自分自身を改めて手に入れ直している最中。


続きもまた書きます。
私と同じように
苦しみの中で光を探し求める人たちの
灯りになれたら幸いです。

Aru.



























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