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この世の外の声に浸る -小説『死者の書』の面白さ 


奇想小説というのがありますが、割と作者的には奇想ではないのに、通常とはあまりにも違う作りのため、期せずして奇想小説になってしまう場合もあります。
 
国文学者・民族学者の折口信夫が1943年に出版した中編小説『死者の書』は、彼独自の民俗学的な思想も盛り込みつつ、異様な質感が全編を包む、日本の近代文学史上でもストレンジな怪作です。


『死者の書・口ぶえ』




彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。まっ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでいるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。
 
した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫と睫とが離れて来る。

作品冒頭



冒頭は全くどこにいるか分からない空間。そして、「耳面刀自」という思い人に呼び掛ける言葉。おそらくは墓穴の中にいる死者の魂?というのが分かる。
 
そして場面は変わり、藤原南家の血を引く郎女という貴族の女性。山間の屋敷に寂しく暮らし、老婆の昔語りに耳を傾ける。何かに取り憑かれたような一人語りの中に「耳面刀自」の名前も。。。




この作品は、一応物語としては、死んだ高貴な皇子と貴族の女性との生と死を超えた交感と言えます。奈良時代の藤原南家郎女という女性が、大津皇子という死んだ皇子の霊的な存在を感じ、写経とか機織りとかで、何とかその霊に近づいていくという話。
 
しかし、そういう筋すらどこかに吹っ飛んでしまうようなビザールな感触が、この作品の要諦と言えます。
 
「こう こう こう」、「つた つた つた」、「はた はた ゆら ゆら」といった擬音によって、まるでぬめりついてべっとりと染みついてくるような文体。冒頭の皇子の独白は切れ切れに消えていき、郎女の周囲の老婆たちの語りも交錯し、時空間が曖昧になっていく。
 

月岡芳年『皇国二十四功』より「当麻寺の中将媛」
『死者の書」で「郎女」と呼ばれる女性をモデルにした
江戸時代の浮世絵


それは、巧妙な編集にもよっています。岩波文庫版の安藤礼二の解説によると、この作品が雑誌に連載された時は通常の時間順に進んでいたのですが、単行本収録の際に、全てばらばらにしてモンタージュされ、あの冒頭の皇子の独白から始まるようになったとのこと。作者本人も映画の影響はあると認めています。
 
それによってわかりやすくなったのではなく、寧ろ曖昧で筋を追うのも苦労する作品になっている。しかしそれが、殆ど迷宮の中に響く幽玄な声のポリフォニーのような感触を創り出すのです。その感触は、作中にも出てくる「月の光を受けた絹」のような美しさ。
 
そして最終的に到達する、というか降臨する光に満ちた奇態な情景は、何というか最早まともとは思えない。
 
これはある意味極上のサイケデリアであり、プログレッシブ・ロック・バンド、ピンク・フロイドの20分にもわたる神秘的な名曲『エコーズ』のような、めくるめく陶酔があります。

 



曼陀羅とか菩薩とか出て来るのに、仏教的かと言うとそんな感じもない。それは本業は国文学者で民俗学者、そして歌人でもある折口信夫という作者の嗜好を色濃く反映したものでした。




折口信夫は1887年大阪府生まれ。中学生の頃から『万葉集』に傾倒し、自分でも作歌を試みます。
 

折口信夫


國學院大學に入ると僧侶の藤無染と同棲。仏教とキリスト教の融合を唱えるこの人物に影響を受けつつ、国文科を卒業。教員として生計を立てながら、民俗学者の柳田国男と知り合い、こちらも決定的な影響を受けて民俗学を追究していきます。
 
歌人としては釈超空という雅号で正岡子規以来の伝統的な雑誌『アララギ』に発表。日本民俗学会の立ち上げに携わり、慶応義塾大学や國學院大學でも教鞭をとります。
 
『死者の書』の初出は1939年、増補改訂して単行本になったのは1943年であり、短歌と散文という異なる領域の文学創作と、大学での後進の育成を両立させた特異な人でもありました。1953年66歳で亡くなっています。




『死者の書』を読み解くのにお薦めなのが、松浦寿輝の『折口信夫論』。まるで折口の言葉をなぞるようにして作品とその思想を解体していく名著です。そこでも書かれた折口の異様なエピソードは、何となくこの作品の来歴みたいなものを感じさせます。
 

松浦寿輝『折口信夫論』


折口は同性愛者だったのですが、内弟子の蒲団の上に夜な夜なドスンとのしかかっていたという弟子の回想。そして、教授になった弟子が大学で最初に講義する際、一字一句折口の言葉をノートに書かせて暗唱させ、講義では折口の言葉以外の言葉を発することを禁じる(時間が余りそうならその分のノートを作成する。当然弟子たちは苦痛を感じていました)という、アカハラである以上に何か狂的で奇矯な行動。
 
殆ど肉体的な接触を感じさせる言葉。そして言葉をねちっこく伝承すること。それは『死者の書』のみならず、折口民俗学の核である「まれびと」というトリックスター的な霊的存在にも通底するものなのでしょう。
 
しかしそれは、ある意味国粋主義的な方向に向かわないというか、激烈すぎて近代国家のナショナリズムとすれ違う感があります。そもそも『死者の書』の主要人物を大津皇子(滋賀津彦)にするところからして不思議。
 

木造伝大津皇子坐像
薬師寺蔵


大津皇子は飛鳥時代、天武天皇の第三皇子で、武勇に優れるも、父の死後長兄の草壁皇子との権力争いに巻き込まれ、謀反の疑いをかけられて自害。その草壁皇子も病死し、天武天皇の晩年から実権を握っていた皇后が、持統天皇として即位することになります。
 
1939年の時勢から言っても結構際どい題材だったと思うのですが、ある種の尊い力、時流の権力から離れた力を見出して、合一を夢見ながら、この世を超えてしまうこと、その不可思議さとサイケ具合が表面的に分かりにかったからこそ、時局から逃れることが出来たのかもしれません。
 
安藤礼二の解説によると、折口は古代エジプトの「死者の書」も知悉しており、未完になった続編では、異端キリスト教がアジアに伝えられた際の「景教」という宗教等も視野に入れていたとのこと。そこにあるものは、国家や民族を超えた、この世の外への強い希求であると言えるでしょう。
 
是非その強い欲望の声が導く光と闇の軌跡を体験いただければと思います。
 
 

古代エジプトの『死者の書』



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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