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夢の断片の肖像 -フェルメール『真珠の耳飾りの少女』を巡る随想


 
 
フェルメールの絵画で、最も人口に膾炙しているのは、恐らく『真珠の耳飾りの少女』だと思います。しかし、この作品は代表作でありつつ、本人の作品中ではちょっと異色な作品です。
 
単体で魅力的であると同時に、様々な思考や夢想に誘ってくれる名品でもあります。




黒の背景で、振り向きざまの、ターバンを被った少女。青と黄色のターバン、半ば開いた赤い唇、白い真珠の耳飾りと襟が浮かび上がるように目を引く。
 

『真珠の耳飾りの少女』
マウリッツハイス美術館蔵


この絵は肖像画の中でもトローニーと呼ばれるもの。通常の肖像画が依頼等で本人のパーソナリティーが分かるような服や背景を持っているのに対し、古代風も含めた自由な衣装を着せ、背景は単色で塗りつぶされた、どこか空想的な半身像を指します。
 
フェルメールの残っているトローニーは二つ。もう一つの『少女』は、かなり広いおでこの、結構特徴的な顔立ちの少女で、灰色の衣装の皺のやや荒っぽい処理から、代表作と呼ぶにはちょっと厳しい。
 

『少女』
メトロポリタン美術館蔵



『真珠の耳飾りの少女』は、その色彩の瑞々しさ、全体のバランスの良さ等、肖像画としての完成度が抜群に高く、彼の代表作にふさわしい傑作です。




フェルメールの現存する30ちょっとの作品の中では異色のトローニーですが、実際のところ、彼の特徴が良く出ている作品でもあります。
 
例えば、黄色と青という補色の衣装。彼の作品の女性はしばしば白いファー付きの黄色か青色のガウンを着ていますが、間違いなくその系譜。そして、ターバンで覆うことで髪を隠し、どこか両性具有的な清新さがあるのは『天秤を持つ女』や『窓辺で水差しを持つ女』の、フードを被った女性たちを思わせる。

 

『水差しを持つ女』
メトロポリタン美術館蔵


顔立ちもしばしばモデルになっている彼の妻と同様、綺麗な卵型のうりざね顔で、個人的には『絵画芸術の寓意』でポーズをとる少女な気がします。フェルメール好みの顔立ちが混ざっているのかもしれません。少女でもあり少年のようでもあり、そうした青春期の儚い無垢を想起もさせる。

 

『絵画芸術の寓意』
ウィーン美術史美術館蔵


この少女のモデルについては、私は未見ですが、映画化もされた小説もあるくらい、色々と背景を考えたくなる。そんな稀有な肖像画です。
 
ちなみにフェルメールが亡くなった直後のオークションでは、トローニーが3つあったという記録が残っており、今は存在しないもう一つのトローニーが何だったのか、思いを馳せてしまいます。


映画『真珠の耳飾りの少女』




『真珠の耳飾りの少女』は「北方のモナ・リザ」と呼ばれることもあります。
 
確かにこれはダ・ヴィンチの『モナ・リザ』と並べたくなる作品です。どちらもごく普通の肖像画でありつつ、性を超越したような両性具有の空気感と謎めいた優美な雰囲気で、説明を拒むようなところがあります。


ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』
ルーブル美術館蔵


 
ダ・ヴィンチもフェルメールも割と寓意を込めるタイプの芸術家ですが、奇しくもこの二作には象徴表現が殆ど無いのも興味深い。
 
 
そういう佇まいの作品が多くの時代や場所を超えて受け入れられるというのは、絵画に限らない芸術の面白さに思えます。
 
つまり、肖像画であれ小説であれ、作品というものは作者の現実に即して、その中から生まれる。そして表現というのは、その時代を映す鏡でもあって、作品を彩って説明するものでもある。
 
しかし、時折そんな時代が分かる記号を削ぎ落して、殆ど無時間で時代を特定できないような作品が生まれることがあります。そこに残っているものは、『モナ・リザ』のぼやけた背景や『真珠の耳飾りの少女』の黄色と青の衣装のように、作者の特徴がわずかに分かる痕跡のみ。
 
時代も性別も感情も、全てが曖昧になるからこそ、余計な情報が漂白され、人間の決して解き明かせない謎のようなものが浮かび上がる。そんな美しい瞬間が、優れた芸術作品には確かに存在します。


『手紙を書く女』
ワシントン・ナショナルギャラリー蔵




それはまるで夢の中で見た、曖昧な記憶しか残らない美しい誰かの似姿のようなものなのかもしれません。

それは現実にはないかもしれないけれど、誰かの心の中にあって、普段は形がないけれど、何かのきっかけでその断片を思い出すようなもの。
 
芸術であれエンタメであれ、何かの作品を味わうとは、一人一人が持つそんな夢の断片を集めていくことでもあるのでしょう。『真珠の耳飾りの少女』は、多くの人の夢の一端に触れる、時代を超えた普遍的な美を持っているように感じる。この絵を見るとそんな思いも湧いてくるのです。



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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