明日、水をやらなければならない
「水はどのくらいやればいいですか」
苔を入れた瓶を渡すと、たいていそう聞かれる。
ほとんど要りません、と答える。
蓋を閉じた瓶の中では水が回る。半年やらなくても枯れない。
そう言うと、少しがっかりした顔をされることがある。
最初は理由が分からなかった。
手がかからないのは、いいことのはずだった。
いまは、こう思っている。
その人が欲しかったのは、飾るものではなく、世話をする相手だったのではないか。
がんばれ、と言われて立ち直った記憶が、私にはあまりない。翌日の私を動かしたのは、返さなければならない本や、水をやらなければならない鉢のほうだった。理由ではなく、用事だった。
支えるという言葉は、たいてい与える側に立って使われる。声をかける、話を聞く、手を差し伸べる。
けれど弱っているとき、その人からいちばん先に失われているのは、誰かに必要とされる側の場所のほうかもしれない。
助けられてばかりの一日は、思っているより重い。
だから最近は、あえて少しだけ手のかかるつくり方をしている。
蓋を半分だけ開けておく。そうすると月に一度、水をやらなければならなくなる。枯れるほどではない。ただ、忘れたままにはできない。
意味を持ちなさい、目的を持ちなさい、と言われる時代だと思う。
けれど大きな言葉は、弱っている人ほど持ち上げられない。持ち上げられるのは、たぶんもっと小さいものだ。
読みかけの本。返していない連絡。蓋の内側が曇っているかどうか。
小さいものは、意味より頑丈でもある。
人生の意味には反論できるが、苔が伸びていることには反論できない。
未来のためにできることを考えると、私はいつもここに戻る。
誰かに生きる理由を渡すことはできない。渡せるのは、明日ひとつぶんの用事だけだ。
そして用事は、渡すより先に、受け取ってもらう必要がある。
世話をされる側にいる人に、世話をする側を返すこと。私が瓶を閉じるのは、たぶんそのためだ。
明日、水をやらなければならない。
その面倒が、その人の明日を先に決めておいてくれる。
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デスクの端へ置き、喧騒から離れ自分に戻るための、小さな景色を制作してます。
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