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第1回:私のBeethovenの原点

あけましておめでとうございます。2026年新春を迎え、私のこれまで見てきた、あるいは聴いてきたBeethoven像、そして私というフィルターを通しての日本人の音楽観(これは個人的な意見で、すべての方に当てはまるものではありません)についてお話ししていきたいと思います。よろしければ、お付き合い下さい。今から60年前にさかのぼるお話しです。

 自宅の書庫から、箱に入った古いオープンリールテープが見つかった。SONY SUPER―150 MANETIC SOUND RECORDING TEPE 9.5”そこには「序曲レオノーレ第1番」のラジオ録音が入っていた。
SONY―PY5 どのような訳か、ここは「英雄」の第2、3、4楽章のみ。S.42.11月という記載があった。もう1つHITACHI AS-7 1200ft.これにはオペラ「フィデリオ」第2幕 二期会 東京フィル B面にはヴァイオリン協奏曲 「ウェリントンの勝利とヴィットリアの戦い」と記載されている。更に別の序曲コリオラン、エグモント、交響曲の1番、2番、7番、更にピアノ協奏曲第1番が録音されているテープが出てきた。            すべてルートヴィッヒ ヴァン ベートーヴェンである。

 記憶を辿ると、この時点で自宅にあったBeethoven関係のレコードはSPのブルーノ ワルターの「運命」とモノラルのポール クレッキー フランス国立放送管弦楽団の「田園」(コンサートホールソサエティM.2239)
ピアノ協奏曲第5番とピアノソナタ第27番のカップリング、交響曲第3番、第6番のみであったはず。(同M2275,M2239,M2307)

見つかったテープは、すべてラジオからの録音だ。「ソニーポータブルラジオ ソリッドステート イレブン」当時のラジオコマーシャルを思い出す。
 昭和42年(1967年)というとBeethovenの生誕200年の3年前。恐らくこの頃から、Beethovenが注目されてきたのだろう。

今考えると信じられないことだが、カセットテープが普及する4年前のこと、勿論CDもない時代。自宅にあったレコードは、すべてモノラルだった。そしてこれら数々のオープンリールテープも、ラジオからのエアーチェックといえば洒落た言い方になるが、早い話が「ポータブルデッキ」と呼ばれていた大きなオープンリールデッキの前に「ラジオ」を置き、ラジオのスピーカーから出る音をデッキの外部マイクロフォン(これもスマートフォンくらいの大きさの)で受け、番組が始まるとガチャッとデッキの録音操作をするという代物であった。シリーズ番組で、吉田秀和氏が巧みな話術で解説されていた印象が残っている。

 さて当時録音した曲を聴いていくと、再生〜早送り〜巻き戻しを繰り返すうちにテープが伸びてしまうこともしばしばあり、何よりもテープのセッティングに時間がかかること、携帯性に全く乏しいことから、一度再生すると必然的に最後までその場を動かず、真剣に聴くようになった。

先に挙げた曲集を今見ると、ちょっとあり得ないコレクションだが、自分の中でどのように選択していったのかを考えると、交響曲、序曲、協奏曲、オペラとオーケストラを中心にし、当時際物的に扱われていた「戦争交響曲」(ウェリントンの勝利〜)がトピックとして放送されたものと思われる。

 私とBeeethovenとの出会いは、序曲レオノーレ第3番で、一言で言えば初めてジェットコースターに乗った感じと言えばご理解いただけるだろうか?
これについては改めてお話しするが、音楽でこれほどの衝撃を受けたのは、これが最初で最後であったことは間違いない。
そしてもう1度ジェットコースターに乗りたいと、「快感」を求めて深みに入っていく選択が、いかにもBeethovenらしい?管弦楽曲だったということだと思う。   次回は 第2回 音と言葉の伝達力 という面から音楽の魅力に迫りたい。

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