A fragrance journey for valentine
「香りを纏うことは、物語を纏うこと」
100年以上も、愛され続けてきた名香には時代を超えて、語り継がれる理由があります。その背景にある情熱や孤独、そして深い愛のストーリーを紐解いていきたいと思います。

選ばれた5つの名香と、私が見出したそれぞれの香水のテーマはこちらです。
・MITSOUKO(ミツコ / ゲラン): 秘めた愛
・SHALIMAR(シャリマー / ゲラン): 情熱的で特別な愛
・N°5(No.5 / シャネル): 自立した愛
・SAMSARA(サムサラ / ゲラン): 成熟した愛
・BAISER VOLÉ(ベーゼ ヴォレ / カルティエ): 軽やかな愛
これらの名香には、心を揺さぶるようなドラマティックな背景とメッセージが秘められています。ここからは、紹介した5つの名香を解説していきたいと思います。
まず1本目
ゲランのMITUKO。1919年に誕生した香水で調香師はジャック・ゲラン。シプレー調の最高傑作と称えられている名香です。

この香りのインスピレーションの源は、クロード・ファーレの小説『ラ・バタイユ』のヒロイン、ミツコ。日露戦争という激動の時代、日本海軍提督の妻でありながら、若き英国将校と許されぬ恋に落ちた女性です。

日露戦争時代(1905年)、年の離れた日本海軍提監の若く美しい妻であるミツコ。彼女ははイギリス人の快活で若い海軍士官ハーバード・フェアガンと許されぬ恋に落ちます。情熱的な恋に憧れながらも、強い意志をもつミツコは不倫に悩みます。日本とロシアの軍艦が激突する日本海戦が勃発。夫と愛する士官、二人の男が戦地に向かうい出撃。彼女は感情をひた隠し、静かに凛とした態度で運命の結果を待ちます。その結果、両方が戦士します。残されたミツコは悲しみと夫を裏切ってしまった罪悪感に苛まれ、最終的には、自分の誇りを守るために自害します。(なんで死ぬんだ…悲劇的すぎる。)ちなみにMITUKOのみつこは「密子」と書きます。その名が示す通り、この香りの奥底には、秘めるからこそ美しく狂おしい、秘匿された愛の輪郭が描かれています。
香調
シプレー・ミステリア・フルーティ
(ピーチアコード)
TOP:ベルガモット・シトラス
MIDDLE:ピーチ・ローズ・ジャスミン
BASE:オークモス・スパイス・ベチバー・パチュリ
はい。きましたピーチアコード。
この香水は、香水で初めて桃の香りをちゃんと使ったと言われています。何を連想させるかというと「禁断の果実」
決して表には出さない、けれど決して折れることのない芯の強さ。
そして、他者が踏み込むことを許さない、静けさや、慎ましい日本人女性らしい透明感を感じる香りです。
ボトルデザインにもこだわりがあります。1912年の「ルール・ブルー」から受け継がれた、通称「逆さハート」のデザイン。柔らかな曲線を描くそのシルエットは、日本女性の慎ましやかな「なで肩」を表現していると言われています。手に取るたびに、時代を超えたエレガンスに心がときめきます。

そして、この香水を語る上で欠かせないのが、伝説的な写真家メコル・ソコルスキーによる広告ビジュアルです。「20世紀で最も美しい写真広告」の一つと謳われ、その芸術性の高さゆえ、今なお世界中で流用され続けている至高の作品です。いいな。わたしもそんな写真撮られてみたいな。
続いてご紹介するのは、1925年に誕生した「SHALIMAR(シャリマー)」です。調香を手がけたのは、前回に引き続き伝説の鼻、ジャック・ゲラン。
かつてのゲラン家は、調香の技術と感性を代々一族で継承していくという、まさに「香りの血脈」を守り続けてきたメゾンです。今はもう変わったんだけどね。
この香りのインスピレーションの源は、インド。世界で最も美しい白大理石の建築と称えられ、ユネスコ世界遺産にも登録されている「タージ・マハル」にまつわる、壮大な愛の物語です。「シャリマー」とは、サンスクリット語で「愛の殿堂」を意味します。ジャック・ゲランがこの壮麗な愛をどのように香りのパレットで表現したのか、その物語の深層を覗いてみましょう。

7世紀、インド。ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンと、その最愛の妃ムムターズ・マハルの物語です。皇帝には多くの妻がいましたが、その心に深く刻まれていたのは、ただ一人、ムムターズだけでした。政略結婚が当たり前だった時代に、2人は5年という歳月をかけて愛を育み、ようやく結ばれたといいます。ムムターズはたしか、2~3代目の妻だったと言われています。戦地への軍事遠征にさえ付き添うほど、片時も離れることのなかった2人。14人もの子宝に恵まれました。(産ませすぎ。私ならちょっと怒っちゃうね。人生の半分ずっと産んでる。身体強すぎ)
皇帝は、愛する彼女のために、色とりどりの花々が咲き乱れ、清らかな水が湧き出す楽園のような庭園を築きました。それが「シャリマー庭園」。サンスクリット語で「愛の神殿」を意味する、この香水の名の由来となった場所です。素敵。誰か私のためにも芳香植物が咲き誇る庭を作って欲しいな。

ムムターズは36歳の若さで、遠征先で14人目を出産後に出血過多になり産褥熱で亡くなってしまいました。皇帝は深い喪失感に打ちひしがれ、彼女の眠る場所として、30年もの歳月を費やし、世界で最も美しい廟「タージ・マハル」を築き上げました。2万人以上の人々を動員し、人生のすべてを捧げて完成させた、白大理石の至宝。1人の女性への想いが、一国の歴史を動かし、不朽の芸術を作り上げたと思うと、とんでもない事です。
現代の感覚で見れば、他の妃たちの心情を慮る余裕もないほどの、あまりに独善的で、圧倒的なまでの「個」の愛です。他の妃たちはチャイを飲みながら、差別しすぎじゃない?おかしくない?って愚痴ってたかもしれません。
しかし、その「俺様」とも言える強引なまでの情熱こそが、常識を焼き尽くすほどのエネルギーとなり、この物語を伝説へと昇華させたのでしょう。燃え上がるような情熱、そして死をも超越する永遠の愛ですね。では、これほどまでに壮絶な愛は、どのような香りなのかというと。それは、香水史において「世界初のオリエンタル・フレグランス」と称される、どこまでもエキゾチックで官能的な香りでした。
その核になるのは「ゲルリナーデ(Guerlinade)」
歴代の調香師たちが秘伝のレシピとして守り続けてきた、いわばゲランのDNAとも呼べる香料のハーモニーです。
全体の香調は
TOP:ベルガモット・レモン・マンダリン・シダーウッド
MIDDLE:アイリス・ジャスミン・ローズ・ベチバー・パチョリ
BASE:バニラ・トンカビーンズ・ムスクetc
ボトルデザインですが、曲線を描くボトルはシャリマー庭園を泉をイメージしています。デザインはジャックゲランの夫人によるもので扇形のサファイア色のキャップは、庭園に流れ続ける噴水を表現。この芸術的なボトルは、1925年のパリ現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博覧会)で見事、最高賞の栄誉に輝きました。

この香水は、フレデリック・レイトンの「燃え上がる6月」という絵のイメージと重なります。燃えるようなオレンジ色の薄衣を纏い、大理石の上でまどろむ女性。その鮮烈なオレンジは、単なる色を超えて、溢れ出すほどの熱量と尽きることのない生命力を感じます。太陽が照りつける大地や、生命の躍動。どこか深いところで香水と共鳴しているように感じられますよね。
では次に行ってみましょう!
3本目は名香の王道シャネルNo5です。

1921年に誕生した香水で、調香師はエルネスト・ボー (Ernest Beaux)。ロシア出身の調香師で、ガブリエル・シャネルの依頼を受け、アルデヒドを大胆に使用した画期的な香りを創り上げました。ガブリエル・シャネルが彼に求めたのは、「女性の香りがする、女性のための香水」です。
1920年、シャネルは恋人であったロシア大公ディミトリ・パヴロヴィチから、調香師ボーを紹介されました。彼女が彼に託したオーダーは、極めて野心的で抽象的なものでした。「バラのような、ありきたりな一輪の花を想起させる香りではなく、もっと複雑で、実体のつかめない、女性そのものを象徴する香りを作ってほしい」ボーはその挑戦に応え、最高級の天然ジャスミンやローズに、当時はまだ未知の可能性を秘めていた合成香料「アルデヒド」を大胆に調合。これまでにない輝きと奥行きを放つ、革新的な試作品をいくつも作り上げました。提示されたサンプルは、「1番から5番」と「20番から24番」の2つのシリーズ。その中からシャネルが迷わず指し示したのは、「5番目」の小瓶でした。
シャネルにとって、「5」は単なる数字ではありません。自らの星座である獅子座(占星術において春分点から数えて5番目のサイン)に紐付いた、揺るぎない「幸運の象徴」だったのです。星の巡りや天文学的な神秘を重んじる、彼女らしい直感と言えます。(ちょっと意外でもある)
「5月5日のコレクションに合わせ、名前もそのまま『N°5』に。この数字が、きっと幸運を運んできてくれるはずよ」
自らの運命を信じ、既成概念を打ち破った彼女の言葉通り、この数字は一世紀を経た今もなお、世界で最も愛される「自立した愛」の象徴として輝き続けています。
ガブリエル・シャネルが『N°5』に託した愛のテーマは、甘い囁きではなく、「自己愛」と「自立」、そして何より「自らの価値を自らで定義する」という、凛とした生存戦略だと思います。
彼女は孤児院で育ち、自分の人生を良くするために、女性がしなくても良い努力をしてきたわけです。

この時代の女性の自立が、美しい清廉潔白なものではなく「泥臭い手段を使っても誰からも支配されない地位を勝ち取る」そんな非常にハングリーなものだということを教えてくれます。
ときたまシャネルの生き方は「愛人へ依存している」(悪い意味ではない)と思うこともありますが、私は彼女のこの言葉が大好きです。
「私の人生は楽しくなかった、だから、私は自分の人生を創造したの」
私も意外とけっこうたまに、こう考えて生きてます。
この一言の、なんと力強く、凄まじいことか。与えられた場所に甘んじるのではなく、世界を自分に合わせて作り変えていく。その不屈の精神がかっこいいです。
そして彼女の傍らには常に、強力なインスピレーションの源となる男性たちの存在がありました。彼女にも愛人ランキングがあったと思われます。1番が、アーサー・ボーイ・カぺルさん。(と言われています)イギリス人の実業家ですね。他にも作曲家のストラヴィンスキーさんや画家のダリさんなど、名だたるメンバーです。面白いです。付き合ったらまじで大変そう。個性強めなメンバーです。
レッスンでは、この香りのテーマに共感するといった生徒さんがちらほらいました。その中の一人が「男を資産だと思っている」という大胆発言があり、ミカ先生は吹き出しました。皆さん、自由で素晴らしいです。大好きです。男なら付き合いたくないけど、ここだけの話なら良いです。そんな私も、マティスの描く柔らかな調和を愛しているのに、なぜかピカソのように強烈な個性を持つ人に惹かれることもあります。理想と現実は、ときに複雑に混ざり合い、予期せぬ香りを創り出すので、楽しい人生を送りたいと思います。
続いて4本目。1989年に誕生したSAMSARA(サムサラ)

ゲラン家4代目調香師、ジャン=ポール・ゲランが、最愛の女性デシア・ド・ポウエルに捧げた「聖なる愛の物語」を象徴する名香です。この香水の類まれなる点は、歴史上の伝説ではなく、現代を生きる一人の調香師の「実話」から生まれたことにあります。デシアは、ジャスミンとサンダルウッドの芳香をこよなく愛しながらも、「香水」そのものは纏うのを苦手としていました。「彼女の魂に寄り添い、彼女自身を最も輝かせる香りを贈りたい」
そんな情熱に突き動かされ、ジャン=ポールはサンダルウッドの聖地であるインドへ何度も足を運びました。神への捧げ物として珍重される最高級のジャスミン、そして最も純粋なサンダルウッドを自らの手で調達し、香りを完成させました。
300回以上もの試作を繰り返し、完成させた香水。名前のサムサラとは、 サンスクリット語で「輪廻」つまり生と死が繰り返される生の流れを意味します。もしかしたら、「来世も君に会いたい」そんな想いがこもっているのではないでしょうか。 当時は、全世界に発売する予定はなかったのですが、彼女がこの香りを纏うと、街中の人が振り返るので、仕方なく世界へと解き放ったのだとか。
この香水のテーマは「一途で純粋な愛」「精神的な調和」や「究極の女性らしさ」です。表立って口に出すことはなくても、すべての女性が心の奥底で渇望している「全肯定の愛」を香りで表現したのです。極めて献身的な男性から女性への愛ですが、シャネルが男を利用して自立を勝ち取ったのに対して、サムサラは男性を虜にし、自分専用の香りを創らせた女性の魅力を象徴しています。どっちがすごいんだ!どっちもすごい。

香調は、ウッディ・フロリエンタル。これは、東洋的な温かみのある香りに豊かで官能的な花の香りが組み合わさった、非常に特徴的な香りのことです。ジャン=ポール・ゲランが自らインドの奥地で見出した、神聖なサンダルウッドの芳香。それがジャスミンの甘さや華やかさと重なり合い、肌に吸い付くような感覚が広がります。
TOP:ベルガモット、レモン、ピーチ、グリーンノート
MIDDLE:ジャスミン、イランイラン、ローズ、アイリス、スズラン
BASE:サンダルウッド、バニラ、トンカビーン、アンバー、ムスク
ボトルのシルエットは、ギメ東洋美術館に静かに鎮座するクメールの踊り子で、そのしなやかな肢体の曲線からインスピレーションを得ています。ボトルの色は赤。情熱的であり、同時に仏教において最も尊い「神聖な色」とされる深い朱赤です。そしてキャップは、真理を見通し、内なる静寂へと誘う「ブッダの目」を模していると言われています。

この香水のイメージに合う絵はグスタグ・クリムトのTHE KISS。二人の恋人が金色のオーラに包まれて周囲から切り離されて溶け合う姿が、神聖なこの香りにぴったりだなと思いました。
では最後に
5本目カルティエのBAISER VOLÉを紹介したいと思います。

2011年にカルティエの専属調香師であるマチルド・ローラン(Mathilde Lauren)が調香しました。彼女は、私にとって敬愛してやまない調香師の一人です。
彼女の紡ぎ出す言葉は、ハッとするほど美しい感性が宿っていて、読み進めるたびに胸が高鳴ります。彼女の自叙伝は、私の宝物のひとつです。彼女の使う言葉が美しくて、たまらなく好きです。読み返すと心が浄化されます。
この香水は無垢な白さの象徴であるLILLYがテーマ。BAISER VOLÉはフランス語で「盗まれた接吻」という意味を持ちます。ベゼ ヴォレは、「純潔の象徴」であるLILLYだけを使って構築されています。マチルド・ローランは、LILLYがおしべに至るまで男性を惹きつける力を持つことに着目し、「純粋に見えて、実は非常に官能的である」という二面性を香りで表現したかったのだとか。分かります。誰にも掴めないほど透明で、美しいものこそ官能的です。
この香りに特別なストーリーがあるわけではないようですが、マチルドは男性が女性のうなじの香りを吸い込み、思わずキスを「盗む」ような「衝動的で直接的な愛の表現」をイメージしてこの香水を創ったと書かれています。「計算された愛」ではなく、抗いがたい惹きつけ合いから生まれる「一瞬の盗まれた時間」なんです。

この香りの世界を鮮やかに写し出しているのが、ジャン・オノル・フラゴナールの盗まれた接吻。1780年代のフランス貴族社会を舞台に、部屋から出ようとする女性を男性が呼び止め、不意にキスをする「刹那の情熱」を描いています。仲間たちが隣の部屋にいるのに、こっそりキスなんてされたら、スリリングです。私はこうゆうことする人苦手です。笑 「ちょっと勘弁してほしい」と苦笑いしてしまいます。
香調は、フローラル・フレッシュ。。花々を束ねた首飾りのような、白を連想させる綺麗な香りです。
TOP:ユリ、ガルバナム、シトラス
MIDDLE:ユリ
BASE:ジンジャーリリー、グリーン、リーフ
「ベーゼ ヴォレ」が放つ芳香は、どこまでも気高く、クラシカル。それでいて秘め事のような謎めいた美しさがあります。それは、鍵穴からそっと覗き見るような、神秘的で上品な官能性を秘めています。
他の4つの名香たちが、その圧倒的な歴史ゆえに、時として「重厚さ」や「クラシックな重み」を感じさせるのに対し、この香りは現代的な光を纏っています。レッスンでも、この「ベーゼ ヴォレ」は生徒の間で最も人気の香りでした。
歴史の重層的な深みも素晴らしいけれど、今を生きる私たちの肌に寄り添い、瞬時に心を奪うのは、こうした「軽やかでいて、底知れない気品」を併せ持つ香りなのかもしれませんね!
はい、5つの名香、そして5つの愛の物語を紹介しました。
皆さんはどの香水に、惹かれましたでしょうか。
「自立」を勝ち取る強さも、誰かを「虜」にする魔性も、そして「一瞬の衝動」に身を任せる危うさも。結局、モラルさえあれば(誰かを深く傷つけなければ)どんな愛の形を選んでもいいのだと思います。そんな自由で多様な価値観に触れ、皆と楽しい時間を過ごせたことが、嬉しかったです。
一生では、到底経験し尽くせないほど、愛の形には多様性があるということを改めて知り、私にとっても良いインスピレーションとなりました。
読んでくださった皆様、有難うございました!

母親から息子への愛も永久不滅です。みんなが沢山の愛に包まれます様に
これからも、自分を魅力的にみせてくれる香りを纏ってくださいね。
長く書きすぎて、目がしょぼしょぼしてきたので、このへんで。
それでは、また次の物語でお会いしましょう💜
