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【こはる日和にとける】最終話 ミチルのはなし


長屋の狭い和室にはロッキングチェアとオーディオそして背の高いガラス戸の棚があり、難しそうな本が整然と並んでいた。

多くは箱入りの美しい本で、揃った背表紙はガラス越しに眺めるに相応しい姿をしている。

そんな中唯一表紙を前にして置かれた『青い鳥』という本。

異国の少年が顔の前で小鳥を指先にのせ、少女と向き合う姿が描かれている。

わたしはしばしばその本をロッキングチェアに腰かけてゆらゆらと眺めたものだった。

そして我慢できず戸を開けてその本を取り出すと
すーっと箱から抜いて本を開き、顔を近づける。

埃っぽい本のにおいはそれだけで異国に迷い込むに十分で椅子に揺られながら、ただ、はらり、はらりと優雅に捲ってみては本の世界につかのま身を委ねた。

とはいえ漢字だらけの小さな文字が並ぶ物語。

その内容をつまびらかに追うことはできなかったのだけれど、ただ、子らの名が「チルチルとミチル」で幸せを呼ぶ青い鳥を探す旅に出ている、というようなことは幾度か開いているうちになんとなく理解していった。

そんなある日のこと。

母が側面に穴のあいた白いちいさな箱を持ち帰ってきた。

小鳥だ!

見覚えのあるその白い箱はこれまでにも文鳥、カナリヤ、セキセイインコと母の大好きな小鳥を幾度となく運んできた。

「なんの鳥?」
「インコよ」

縦長の箱をそっと開けて覗くと、奥にまだ羽根の生えそろっていない小鳥が一羽、心細そうに息をひそめてふるえている。

母がそのヒナをそおっと取り出した。

「わたしも抱っこしたい!」

催促するわたしの隣で動物嫌いの妹は怪訝な顔をしてじっとしている。

ゆっくりと手のひらに乗せられた小鳥はまるで綿のような軽さで、その肌はほとんど剥き出しであるのに伝わる体温が生きる意志そのもののように熱を放っている。

幼いわたしは手に感じた生々しさにおののいて、急いでヒナを母に返してしまう。

その後母は馴れた手つきでふやかした粟をスポイトで吸いさし餌を始めた。

初めのうちはヒナが上手に口を開かず、粟はぼろぼろとこぼれたけれどそれでも根気強く手を添えながら繰り返すうちに、広げた口先を小刻みにふるわせ喉に粟を送り込むようになった。

ピンク色の薄い肌から透けて見える粟が喉に溜まる様子にこそばゆいような、ぞわぞわするようななんともいえない感覚を味わいながらわたしは釘付けとなって見入る。

甲斐甲斐しく世話をするのは母で、わたしはただ見ているだけの数日が経ち、ほどなくしてヒナは小鳥らしく羽根を生えそろえた。

するのその色は今まで飼ったどの小鳥とも違い、柔らかなエメラルドグリーンからレモンイエローへ馴染むグラデーションをしていて、大げさではなくこの世のものとは思えぬほど美しかった。

それまで

「チョビちゃん」
「ぴーちゃん」

などと思いつくままに呼びかけていたその小鳥にわたしは

「ミチル」

という相応しい名をつけることにした。

あの『青い鳥』に登場する子の名である。



「ミチル」

よぶと

たたみのめを

たったったとならしながら

ミチルはかけてくる


わたしは

よこむきにねそべって

わきのあたりに

くうかんをつくってまっている


そこをめがけて

たったった

とミチルはかけてきて


ちょん


と、おさまった


ふうわりと

うでをまわすと


ちちち


ミチルはなき

わたしのうでのなかで


たったた

たったた


と、まい

かすかなあしおとをならす


ヒナのとき

のどにためていた

あわのような

こうばしいにおいがたつ



さて、そのあまりの可愛さに自慢したくて仕方なくなったわたしは白い箱にミチルを入れて小学校に連れていったこともある。

正門を出て坂を上れば自宅で、忘れ物をしても取りに帰れる距離に学校はある。

ミチルの話をすると
「見たい!見たいー!」
と友人たちがせがむので、昼休みに掃除を素早く終わらせダッシュで家に戻り

「ミチル、連れてくねー!」

と母に声を掛けて、返事も待たずに駆け出した。

ミチルを入れたはずの箱は嘘みたいに軽く、わたしは歩きながら何度も穴から存在を確認する。

教室に戻ると
「ちーちゃん、小鳥見せて見せてー」
と皆が寄ってきて、わたしはそっと箱を開けて中を覗かせてあげた。

「かわいいー」
「きれいかー」
「さわりたーい」

口々に期待通りの反応をしてくれる。

けれど、ミチルは呼んでも箱の奥から出てきてくれることはなく、その姿を皆にきちんと見せることはできなかった。

そうこうしているうちにすぐに先生と母が教室までやってきて、

「コラッ!!」

と怒りながらミチルを連れて帰ってしまったのだがひとめでも皆に見せることができたわたしはどんなに叱られても大満足だった。




ちちち


わたしのふくを

ミチルがせっせとついばんでいる


こきざみにうごく

そのちいさなあたまに

はなをちかづけて

もういちど

すいっとにおいをすいこむ


「ミチル」


ははもやってきて

となりでミチルをよぶ


するとミチルは

わたしをおいてけぼりにして

たったと

ははのほうへかけていってしまった


ゆびにのり

ははのかおのまえに

つれていかれるミチル


あ!


と、とめるまもなく

ははのくちもとで

いつものアレがはじまってしまった


じじじ


こえになるともならないおとをだしながら

ミチルは

ははのくちさきをしきりについばむ


おえーっ


わたしは

くびをすぼめて

いやなかおをする


めをつむるははには

わたしのかおはみえていない


まったく

ははにはかなわない、と

コレをみせられるたび

わたしは

しろはたをあげることになるのだった



また、ある晩には。

三交代の二番方で夜中に帰ってきた父がミチルと触れ合っている場面に出くわしたことがある。

夜には籠の中に戻しているはずのミチルを父はわざわざそこから出して一緒に遊んでいたのだ。

見てはいけないものを見てしまった気がして、襖を開けた瞬間、停止してしまった。

茶の間で横になった父は、いつものわたしと同じく脇の辺りに空間を作ってそこで舞うミチルを優しく愛でていた。

さらにもう一方の手を使ってトントントン、と音を鳴らしミチルをあっち、こっちと呼んで戯れている。

そもそも炭鉱マンの父は無口でしかめ面をしているのが常で、実際にはめったに怒ることはないにも関わらず怒らせてはいけないと周りがつい構えてしまうような見た目をしている。

濃い眉に窪んだ眼、おまけに剃り込みの入ったパンチパーマだから、さもありなん、といったふぜいであろう。

その剃り込みパンチパーマの父が
「ミチル、ミチル」
と目尻を下げている姿。

果たして見てよいものか。
これはそっと襖を閉めて見なかったことにすべきではなかろうか。

と、逡巡すること数十秒。

襖の隙間に手を掛けたままのわたしを、先に父が見つけてしまった。

「トイレね?」
「うん」
「行ってこんね」
「うん」

ちちち

わたしに気づいたミチルが足元に駆けてくる。

「ミチルー」

こんな夜中にミチルに会えたことが嬉しくて、ついしゃがんでそのふわふわの体に触れてしまった。

瞬間、怒られる!?
と、耳の後ろに緊張が走る。

けれど

「ミチルが好きね?」

肘をついて横向きになったまま父がそう声を掛けてきた。

「うん」
「可愛かもんね」
「うん」
「ミチルは頭ん良か子ばい。賢かもんねー」

と、思いがけない父のその言葉にわたしはつい勢いづき、

「賢かよー。アレ持ってきてーって言ったら持ってくるしね、ここ掻いてって言ったら掻いてくれるしね、指ぐるぐるーってしても絶対落ちんしね、籠に入らんねって言ったら入るしね」

ここぞとばかりにミチルの賢さを捲し立てるように自慢してみせた。

父は分厚い手のひらに乗せた頭を頷くように揺らしながら、窪んだ眼を細めて最後まで聞いてくれる。

ひとしきりミチルと父との時間を過ごすと、

「そろそろ寝らなんたい」
「あ、うん!」
「トイレはよかとね?」
「あ、行ってくる!」

わたしは急いでトイレを済ませ「おやすみなさい」と部屋に戻った。

お父さんも、ミチル、すき?

訊いてみたいとずっと浮かんでいた問いは喉まで出掛かったものの声にはできず、けれど好きかどうかなんて訊くまでもないか、と布団の中で思った。




「ミチルー」

と、よび

ははからミチルをかえしてもらい

わたしはそろえたりょうのてのひらで

ミチルをすっぽりといだいた


おやゆびで

くびもとを

くしゅくしゅとかいてやる


すると

きもちよさげにめをほそめ

されるがまま

ゆだねてくれたのがわかる


とじそうになるまぶただけ

はだのいろがわかって

ついこないだだけど

ずっとまえにもおもえる

ヒナのころを

なつかしくおもいだした



とまあ、こんなふうに。

まるで宝石そのもののようなミチルと過ごした時間は、今もわたし達の中でありありと甦る。

家族が揃い誰かがミチルの話を始めると、剃り込みパンチパーマもといよく笑いよく喋るおじいちゃんとなった父も、相変わらず子供も動物も目に入れてしまいそうなくらい愛情過多で適わない母も、動物が一切ダメで、それなのにミチルだけは触れることができた妹も
皆一様に目尻を下げて記憶の扉をすいと開けるのだ。

エメラルドグリーンからレモンイエローへのグラデーションを纏ったミチル。

あのやわらかな姿を想えば、たちまち香ばしい匂いが立つ。

長屋の茶の間。台所。玄関。ロッキングチェア。
名も無き日々がじつは色とりどりで賑やかであったこと。
そしてそれを“幸せ”と名付けてよいことに、まっすぐにわたしを慕ってくれたミチルの命の清らかさが気づかせてくれた。




「ミチル」


ミチルはかわいかねぇ

かわいい、いいこやねぇ


「わたしのこと、すき?」


ちちち


ミチルは

とじかけたまぶたを

ふわ、とあけて

くろいほうせきのようなめで


わたしを

まっすぐにみつめてくる





text by haru photo by sakura




こんにちは
haruです


昨年9月から
『こはる日和にとける』に
お付き合いくださり
ありがとうございました


Ameba OWNDで
2021年9月から2024年12月まで
約3年間ゆっくりと連載したものを
7カ月かけてこちらに移行しました


最終話『ミチルのはなし』は
移行しながら書いたもので
noteではこはるがスタートしたのに
OWNDでは最終話を投稿する、という
交差のような
矛盾のような
ふしぎな感覚を感じました


始めのうちは
コメントの仕方も
返信の仕方も
マガジンが何かも分からず
また、通知機能の仕組にも慣れず

御礼できずにいたり
コメントに気づかずお返事が遅れたり
距離感が分からず
トンチンカンなコメントしたり
イヤな思いを抱かせてしまったことも
多々あったかと思います
ごめんなさい


けれど
noteの世界はやさしくて
ていねいに文章を読んでくださり
あたたかなお声を寄せてくださり
マガジンに加えてくださり
スキを押してくださり


とても居心地のよい場所でした
ほんとうにありがとうございました


『こはる日和にとける』は
わたしが文章を書いて
サクラさんが写真を撮ってくださり
構成されています

両方愉しんで頂けたでしょうか

サクラさんからは
「noteで使ってね」と
ヘッダーの写真も季節ごとに頂きました


こはるの世界観を
やわらかく澄んだものにしてくれたのは
やっぱり
その写真あってのことだと
改めて感謝します

サクラさん
ありがとう


26話のエッセイと
5つのフォト絵本にて
こはるはおしまいとなります

つぎは
またいつか
違う物語で
お会いできますように


そのときは
どうぞ
よろしくお願いします

ありがとうございました


haru




《御礼》


『せやくんのスクーター』を
マガジンに追加くださいました


だんけひつじさんの
〝ひだまりマガジン〟

「繊細さんが読んで心が温まるような記事」
との見出しに
いつも
ほんとにわたしで大丈夫かな?
とドキドキしていました

そう思って頂けたこと
ほんとうに光栄でした

ありがとうございました!



あやのんさんの
〝なんかスキ〟マガジン

だれかに
「なんかスキ」って言って頂けること
こんなに嬉しいんだ、と
noteで
初めて実感できました

あやのんさんの
気さくであったかい人柄に触れて
noterさんに
コメントすることへのハードルが
ちょこっと下がりましたよ

『赤毛のアン』で
いつか
語らいましょー

ありがとうございました!


chibi3さんの
〝何度もよみたいnoterさんの記事〟マガジン


「クリエイターが書いた」
の一言が
じつは
しみじみ嬉しいのです


noteでは
自然に使われる言葉かもしれませんが


こんな素人の物書きも
「クリエイター」として扱って頂けて
背筋がシャンとのびて
自信のない自分を
すこし
認めてあげることができました

ありがとうございました!















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