【公共講義録】経済編#21 日本の農業① 農業の変貌と国際化
今日のテーマは「日本農業の変貌と国際化」です。
前回の中小企業に引き続き、今日もめちゃくちゃ身近で、かつ「日々の食卓」や「日本の将来」に直結するお話です。
今日はまず「なぜ今、日本の農業を学ぶのか?」という問いからスタートして、戦後の変化から現在のグローバル化の波まで見ていきましょう。
1. なぜ今、日本の農業を学ぶのか?(導入)
さっそくですが、みなさんに問いです。
【問い1】
今日の朝ごはんは何を食べましたか?
パン? ごはん? それともシリアル?
その食材、どこから来たものか考えたことはありますか?
「食パンと牛乳かな」「コンビニのツナマヨおにぎり!」という声が聞こえてきそうですね。
実は、パンの原料になる小麦の約9割はアメリカやカナダなどからの輸入です。おにぎりのツナ(マグロやカツオ)や油、海苔の肥料なんかも海外依存度が高い。私たちが普段口にしている「おいしいご飯」の裏には、世界規模の貿易と、そして日本の農業が抱える大きな現実が隠れています。
私たちが日本農業について学ぶ最大の理由は、「私たちの『食』を守る仕組みがどう変化し、国際競争の中でどのような課題に直面しているのか」を知り、主権者として日本の未来のあり方を考えるためです。
ここを押さえると、共通テストの社会・経済問題も解けますし、ニュースで見る「物価高」や「食料安全保障」の意味がグッと立体的に見えてきますよ!
2. 戦後スタートダッシュ:地主の解体と「お米重視」の時代
日本の現代農業を理解するには、まず終戦直後の歴史から紐解く必要があります。
戦前の日本には、広大な土地を持つ「地主」と、その土地を借りて高い小作料を払って農業をする「小作農」という身分的な格差がありました。
そこへ戦後、GHQの指導のもとで行われたのが農地改革です。(以前の授業で扱いましたね)
政府が地主から土地を安く買い上げ、実際に耕していた小作農に安く売り渡しました。これによって、自分の土地を持って農業をする自作農が大量に誕生したのです。「自分の土地で頑張れば、自分の収入になる!」と、農家さんのモチベーションは爆上がりしました。自作農中心の体制によって、封建的だった従来の地主制は完全に解体されたわけですね。
さらに、戦後の貧しい時代はお米の確保が最優先でした。そこで国は、食糧管理制度(食管制度)という仕組みで、お米を国が直接買い取り、価格をコントロールして国民に安く平等に配分していました。
そして1961年、高度経済成長の入り口で制定されたのが農業基本法(旧農業基本法)です。
【問い2】
工場で働く都市の会社員の給料がどんどん上がっていく時代、農家さんの給料がそのままだったらどうなると思いますか?
「農家をやめて都会に出ていっちゃう!」「農家だけ貧しくなっちゃう」と思いますよね。正解です!
そのため農業基本法は、「農業と他産業(工業など)の生産性や生活水準の格差をなくす(格差是正)」ことを目的に掲げました。お米の生産拡大だけでなく、農業経営の近代化や規模拡大も大きな目標とされたのです。
3. 時代の変化が生んだ「3つの誤算」
ところが、世の中はそう単純にはいきません。高度経済成長が進むにつれて、日本の農業には3つの「誤算」が生じ始めます。
① 食生活の変化と「減反」
日本が豊かになるにつれて、国民の食生活の変化(食生活の洋風化)が進みました。パンや肉、乳製品を多く食べるようになり、一人あたりのお米の消費量が激減したのです。
お米は余っているのに、国は昔の制度(食糧管理制度)でお米を高く買い続けなければならない。国はお金に困り、ついに1970年頃からお米の生産量を減らす政策である減反(生産調整)を開始しました。お米を作らないよう制限をかける時代に入ったわけです(※なお、現在は国による生産数量目標の配分自体は廃止されていますが、需要に応じた生産を進める水田政策は形を変えて続いています)。
② 地価高騰と専業農家の減少
経済成長によって日本全国で地価高騰(土地の値段が上がること)が起きました。農地が高価になりすぎて、農家さんが周りの土地を買い足して農場を大きく(規模拡大)することが難しくなったのです。
結果として、小さな農地を持ったまま、普段は会社員などとして働き、週末だけ農業をする「兼業農家」が急増しました。
③ 中山間地域と耕作放棄地
平野部と違い、山あいの不便な場所にある農地を中山間地域(ちゅうさんかんちいき)と言います。日本の国土の多くを占めるこの地域では、高齢化や過疎化が進み、後継者もいないため、誰も作物を育てなくなった耕作放棄地(こうさくほうきち)がどんどん増えてしまいました。
4. 黒船到来! グローバル化の波と制度の大改革
国内でトラブルを抱えていた日本農業に、1980年代後半から巨大な外圧(黒船)が襲いかかります。それが「貿易の自由化」です。
共通テストの超重要ワードが一気に登場します!
ウルグアイ・ラウンドと「関税化」
貿易のルールを話し合う国際交渉(GATTウルグアイ・ラウンド)で、アメリカなどから「日本の農産物市場は閉鎖的だ! 輸入制限をやめろ!」と強烈な圧力がかかりました。
この交渉の末、1990年代にかけて日本は農産物の市場開放に追い込まれます。それまで輸入が禁止・制限されていた品目について、原則として輸入数量の制限をなくし、関税をかければ誰でも自由に輸入できるようにする関税化が決定しました。
【問い3】
「関税化」ってどういう意味でしょう? 外国から安い農産物が入ってきたら、日本の農家さんはどうなってしまうでしょうか?
日本の農地は狭く人件費も高いため、アメリカやオーストラリアのような広大な農地で作られる超格安な農産物と価格で勝負すると負けてしまいます。だからこそ、輸入時に税金(関税)をかけて価格差を調整する仕組みにしたわけです。
ただし、日本人にとって特別な存在である「お米」だけは、当時は関税化をなんとか回避しようと抵抗しました。その代わりとして受け入れた条件が、ミニマム・アクセス(最低輸入機会)です。「関税化を遅らせる代わりに、毎年一定量のお米は必ず低関税で輸入します」という約束ですね(※その後、1999年に日本はお米も関税化へ移行しました)。
食糧管理制度の終わりと新食糧法
こうして安価な外国産農産物が流入し、国がお米の流通をガチガチに管理する時代は終わりを告げました。1995年、食糧管理制度は廃止され、お米の流通を原則自由化する新食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)が施行されました。
5. 新しい時代の挑戦:「新農業基本法」と「食料自給率」
自由化の波の中で、日本の農業を根本から作り直す必要が出てきました。
そこで1999年、従来の法律を全面的に見直し、新農業基本法(正式名称:食料・農業・農村基本法)が制定されます。
この新しい法律の最大の柱が、食料自給率の向上と食料安全保障です。
近年では、戦争や感染症、異常気象、国際物流の混乱などによって海外からの輸入が滞るリスクが高まっています。このように不測の事態においても国民に十分な食料を確保することを食料安全保障と言います。
そして、そのバロメーターとなるのが食料自給率です。
日本の食料自給率は約38%まで低下しており、主要先進国(G7)の中でも最低水準です。なお、この約38%という数字は「カロリーベース」の食料自給率であり、生産額ベースで見るとまた異なる数字(約6割台)になります。テストではどちらのモノサシで話をしているのかに注目しましょう。
6. 現代の改革:多様な参入と競争力強化
では、現代の日本農業はどのように生き残りをかけて戦っているのでしょうか?
最近の政策とキーワードを整理しましょう!
① 経営の多様化:株式会社やNPOの参入
昔は「農家(個人)しか農地を持てない」という厳しいルールがありました。しかし、高齢化で放置される農地が増えたため、規制緩和が進められました。
現在では、一定の条件のもとで株式会社やNPOなどの法人が農地を借りて農業経営に参入できるようになっています。IT企業がセンサーを使って効率的においしいトマトを作ったり、外食チェーンが自社農園を持ったりする動きが当たり前になってきました。さらに国は、こうした意欲ある「担い手」へ農地を集約することで、生産性の高い農業を目指しています。
② 時代による支援の変化
国も「ただ保護する」政策から、「効率的で強い農業を作る」方向へと舵を切りました。民主党政権時代には作物の販売価格と生産コストの差額を補填する戸別所得補償制度が導入されるなど、農業支援の方法も時代や政権によって変化してきています。
③ 知的財産の保護:種苗法改正
グローバル時代において、日本の優れた「品種」を守ることも不可欠です。
シャインマスカットや高級イチゴなど、日本の農家さんが長い年月をかけて開発したブランド品種が、海外で十分な権利保護が間に合わなかったことなどを背景に無断栽培されるケースが問題視されました。
これを防ぐため、2020年に種苗法改正が行われました。開発者(育成権者)の権利を強化し、登録品種については海外への持ち出しや、自家増殖(育てた作物から種や苗を増やして次回用に使うこと)に育成者の許諾が必要となる場合があるなど、知的財産として強力に保護するようになったのです。
④ メガFTAの時代:CPTPP(旧TPP11)など
貿易の面では、さらに広域な自由貿易協定が進んでいます。アジア太平洋地域の多国間協定であるCPTPP(いわゆるTPP11:環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)や、日欧EPAなどが発効しました。
これにより、多くの農産物の関税がさらに下がり、海外からの攻勢が強まる一方で、日本から海外へ高品質な和牛やイチゴ、日本酒などを輸出するチャンスも広がっています。
7. 農業の価値は「食べるものを作る」だけじゃない!
授業の最後に、とっても重要な概念を紹介します。それが農業の多面的機能です。
【問い4】
田んぼや畑って、単に「お米や野菜を作る場所」という以外の役割があると思いますか?
もし日本から田んぼが全滅したら、食べ物以外でどんな困ったことが起きるでしょう?
「えっ、食べ物以外にあるの?」と思いますよね。実は大ありなんです!
田んぼは、大雨が降ったときに雨水を一時的にため込む「自然のダム」の役割を果たし、洪水や土砂崩れを防いでいます。また、豊かな景観を作り出して私たちの心を癒やしたり、カエルやトンボなどの生物の生態系を守ったり、伝統文化を継承したりしています。
このように、農産物を生産するだけでなく、国土の保全や環境保護、景観維持など多様な役割を果たすことを農業の多面的機能と呼びます。
だからこそ、単に「安い海外産を買えばいいじゃん」と日本の農業を見捨ててしまうと、洪水が増えたり美しかった里山の風景が消えてしまったりするリスクがあるのです。
8. 本日のまとめ
今日のポイントを整理しましょう!
歴史的変貌: 農地改革による地主制の解体から始まり、農業基本法と食糧管理制度でお米の生産を強化。しかし食生活の変化によるお米余りで減反を開始。
国際化の衝撃: GATTウルグアイ・ラウンドで関税化やミニマム・アクセスを受け入れ。新食糧法でお米の流通が自由化。
現代の枠組み: 新農業基本法のもとで食料安全保障や食料自給率(カロリーベースで約38%)の向上が課題に。CPTPPなどの自由貿易が進む中、種苗法改正で知的財産を保護。
未来への挑戦: 中山間地域の耕作放棄地問題に対し、規制緩和を通じて株式会社やNPOの参入を促進。単なる食料生産にとどまらない農業の多面的機能を評価することが重要。
30秒コラム:ブランド品種と知的財産権
皮ごと食べられて甘くて大人気のシャインマスカット。実は、日本の国立研究開発法人が約30年もの歳月をかけて生み出した努力の結晶です。しかし、当時は海外で十分な権利保護が間に合わなかったことなどを背景に海外へ流出し、現地で無断栽培されて安く販売される事態になってしまいました。この反省から種苗法改正が行われ、「農業も技術と知的財産で守る時代」へと本格的に突入したのです。
次回予告
次回は本単元の締めくくり、「食の安全性と農業の再生、持続可能な農業をめざして」に入ります!
外国から輸入される食品の安全性をどう確認するのか? 有機農業(オーガニック)やスマート農業(ドローンやAIを使った最新農業)は日本の食卓をどう変えるのか?
次回の授業までに、ちょっと考えてみてください。
【次回の問い】
スーパーで「ちょっと高い国産の有機野菜」と「すごく安い外国産の野菜」が並んでいたら、みなさんはどちらを選びますか?
その選択は、日本の未来にどんな影響を与えるでしょうか?
安全で持続可能な食卓をどう守っていくのか。
では、今日の授業はここまで。お疲れさまでした。
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