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旅と余白 vol.125|杖の音にいざなわれて @Turin, Italy|Mar. 2026

part 1|都会的なミラノ、もうひとつの顔

イタリア|ミラノ/トリノ/ジェノヴァ/チンクエ・テッレ
フランス|カンヌ/ニース/モナコ/アヴィニョン/アルル/パリ
2026年 3月・4月 


近代的なトラムと杖の音

ミラノから電車で一時間。
今日はトリノで過ごす一日だ。

ポルタ・スーザ駅から東に歩いた。
もうすでに、ミラノとは全く違う
街の雰囲気にはまっている。

宮殿前から西に一本それると、
急に静かなエリアに入った。

強風にあおられながら歩いていると、
後ろから聞き覚えのある音が響いてくる。

狭い通りを現代的なトラムが走り抜けていった。

トリノの街には何本もの
トラムの路線が通っている。
古いクラシックな形の車両が走る
路線もあるが、多くは現代的な
ライトレールになっているようだ。
街の人々の足として活躍している証拠。

トラムが駆け抜けていった先は、
まぶしい光で満ちている。

ちょうどその時、私の前を歩く老人の姿。

クラシックなウールのコートに、
おそろいの帽子という上品なファッション。
ゆっくりと杖を突きながら歩くその姿は、
まさにトリノの街のイメージと重なる。

丁寧に杖をつく音が、静かに響き、
私をどこかへ、いざなってくれているようだ。

クーポラから落ちる光

光に満ちた空間へ出ると、
そこにあったのはトリノの大聖堂
(サン・ジョヴァンニ・バッティスタ大聖堂)。
明るい光を受ける聖堂の外観は
シンプルで控え目な印象だ。

この大聖堂は、古代ローマ時代の
劇場跡に建っている。
その後、救世主、聖母マリア、
洗礼者ヨハネに捧げられた、
3つの教会からなる複合施設が
ここにはあった。
そこに現在の聖堂が建築されたのは、
15世紀後半だという。

歴史的な建物であるというだけでなく、
この場所自体にストーリーがある。

中へ入ってみると、外観の雰囲気とは
ずいぶん違う空間が広がっていた。
真っ白な天井が明るく光っている。

祭壇前のクーポラから落ちてくる光。
吸い寄せられるように勝手に足が動いていた。

このトリノ大聖堂は、聖骸布が
保管されている場所として知られる。

聖骸布とは、イエス・キリストが
磔にされて亡くなった後、
その遺体を包んだとされる布のことで、
キリスト教の聖遺物の一つだ。

15世紀半ばからサヴォイア家が所有し、
20世紀後半になって、その所有権は
ローマ教皇へと移された。

聖骸布は通常の公開はされていない。
公開時期はローマ教皇によって決定される。

祭壇の左手には、聖骸布のレプリカが
飾られ、祈りの場となっていた。

がらんとした聖堂内部。
けれど、聖骸布が祀られたこの場所には、
何かが集中しているような気がする。
空気の重さ、密度の濃さのようなものを感じるのだ。

しばらく、聖骸布の前で時を過ごした。
どうも離れがたい、不思議な引力が
ここにはあるようだ。

改めて聖堂の全体を見渡してみると、
目に飛び込んでくるのは、
光がさまざまな場所に反射して、
それぞれに濃淡の違う影を落としている光景。

印象的なクーポラからの光は、
まるで聖骸布を間接的にやさしく
照らすために注ぎ込まれているかのように感じた。

影をつくるのは光

聖骸布は、科学的な調査が進められている。
縦4.4メートル、横1.1メートルの亜麻布。
その真偽については、長年にわたり
信仰と科学の間で論争の的となってきた。

その神秘的な布には、磔刑を受けた
男性の全身像が浮かび上がっている。
それが、信仰の対象となってきた。

一方、聖骸布は中世の宗教芸術作品であり、
信仰の対象として制作されたものではないか
とも言われている。

けれど、その真偽がどうであれ、
その神秘的な存在が、
人の心に何かを訴えかけてきたことは事実だ。
たとえそれが、中世の人々の手によって
作られたものだったとしても。

聖堂を照らす光は、やはりとても印象的で、
その光からも、そしてその光がつくり出す
影からも目が離せない。

外はあんなに強風が吹き荒れていたのに、
聖堂の中には、そよ風すら吹いていない。
大きな扉は開け放たれているのに。

論争の行方は、神のみぞ知る、なのか。

影は光によってつくられるもの。

私は、光の美しさも、
影の美しさも、
平等に愛したいなと思った。


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