見出し画像

本質は自分の内側にある

◯◯療法、◯◯を取る、ヒーリング、浄化アイテム…等々。
巷に溢れる商品。
画期的!と、つい飛びつきたくなります。

重要性も理解できるし、否定するものではありません。ただ、それは枝葉であって、根をしっかり張り、幹を太くしなければ、高額な投資をしても、時間を使っても変わらないかもしれません。

根を張り、幹を太くする肝は、【肚】。

先祖、神、宇宙、他人から喜んでもらえるよう生きること。

自分だけが助かりたい、儲けたいではなく、時に自分を顧みず、全力を尽くすこと。

よく自己犠牲はいけないと言われ、私もそう思います。長い間ずっと自己犠牲の人生だったので、身に沁みて嫌だし、良くないことと実感しています。何がよくないのか?

常に自分はそこに居ず、他人のためだけに働く。
正直な心、自分の本心もだんだん見えなくなってきます。その浅はかさで己を見ても別段、何も感じませんが、『もし、子がそういう生き方をしていたら?』と思うと、もういたたまれません。

ならば、祖先の身からしてもそれは同じこと。
神も宇宙も同じ。親から生まれたとて、親が細胞を作ったわけではありません。

万事において、自己卑下や自分無し人生はダメなのです。が、一方で、〈自分大事のための自分大事〉が近年、多すぎると感じることも。

〈他人大事のための自分大事〉は大切。自分が倒れては、他人を助けることはできないので。

ベクトルが内向き(自分に向いている)な時、極端な場面“鬱になる”というのも一理あって、そういう人が自分を忘れて、何かしなければならないことが生じてそちらに気が入ってたら、知らない間に『気づいたら鬱が治っていた』というのはよくあること。

五感を全部自分に向けたら、逆に健康どころか病気になる。

外向き、内向き、どちらも大事。

美容と心の美しさと少し似ているかもしれません。

「どちらも美しい」が一番美しい。

内側が輝けば、傍目にも美しく見える。
外ばかり整えて、内側にドロドロしたものが渦巻いていたら、傍目に本当の美しさは感じられない。

外からのアプローチは、内側を輝かせるためのツールであって、内面の本質は自分が美しくするしかない。

スピリチュアル界隈に出回る商品も同じ。
本当に自分を輝かせるのは自分自身。

自分の内側から放たれる光。輝き。生命力。優しさ。それが外面に現れる。

近況、引っ越してバタバタでした。
また、ご報告します。

先週、末っ子が大学を卒業。
3人の親として子育ても一段落。

さあ、3年越し?4年越し?の夢を叶えます。
地に足つけて、いよいよスタート。

いえ、これまでも様々動いていたし、試行錯誤を重ねていました。何もしなかった時は決してありませんでした。でも、本当の意味で【肚】を決め、動くことができていたか?と問えば、そうではなかったのだと思います。

夢を叶えるための引っ越し。
【肚】を鍛えるための人生の試練。

些末なことをなるべくやらなくて済むための環境作りのため、早くから大掃除をしたり、ここ2年ほどは結構、断捨離などしてきたつもりでした。が、なかなか落ち着けなかったのが現状。
次々に降って湧く用事。大好きなnoteも遠ざかりがち。
漸く机に向かえて、いざ本格的に挑戦です!

それでは、また(*^^*)
今日も良い一日を🍀


いいなと思ったら応援しよう!