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泣きたいときに“元気出して”って言われるの、ちょっとしんどい


泣きたいときに言われる「元気出して」が、胸に刺さらない理由


「元気出して」って、たしかにやさしい言葉だと思う。
悪気なんてないし、励まそうとしてくれてるってこともわかる。

でも、本当にしんどいときにそれを言われると、なんか遠く感じてしまう。

こっちはもう感情の底にいるような気分で、
なにをどう頑張っても元気になんてなれないのに、
その一言だけが先に進んでいて、自分だけ置いていかれたような気になる。

「今は泣いていたいのに」
「ちゃんと苦しいって思わせてほしいのに」
そんな気持ちにフタをされるような気がして、
“元気出して”が、時々しんどく感じる。


「励まされる=気持ちが軽くなる」じゃないときもある


誰かがかけてくれる言葉が、全部ありがたいってわけじゃない。
たとえそれがやさしさから出たものであっても、
こっちの心の準備ができてないときは、ただただ響かない。

「大丈夫だよ」
「時間が解決してくれるよ」
「元気出して、また笑える日が来るから」

そう言われるたびに、
“今の私の気持ちは、それごと飛び越えられてる気がする”って思ってしまう。




きっと相手は、ただ励ましたかっただけ。
沈んでいる私を、明るい方に引っ張りたかっただけ。
それはわかる。でも、人の気持ちってそんなにすぐ持ち上がらない。

泣いてるときに「泣かないで」って言われると、
「泣いてる私がダメみたい」に聞こえてしまうように、
「元気出して」って言われると、
「元気じゃない私は、この場にいてもいいのかな」って思ってしまうときがある。



感情って、押し上げられるより、
となりに座ってくれるほうが落ち着くときがある。

こっちがまだ泣いてるときは、
無理に笑わせなくていい。
無理に立たせなくていい。
ただ「しんどいね」って言ってくれるだけで、
泣きながら少しだけ、呼吸ができる気がする。



私が“元気出せなかった日”に救われた言葉



あのときの私は、何がしんどいのか、もうよくわからなくなってた。
仕事でうまくいかなかったわけでも、誰かと大きな喧嘩をしたわけでもない。
でも、些細なことが何重にも重なって、ある夜、ぷつんと糸が切れたみたいに動けなくなった。

スマホの通知も音楽も、全部オフにして、
部屋の隅でぼんやりしてたら、涙が勝手にあふれてきた。



そんなとき、友達から届いたメッセージのひとつが、
私の中のなにかをほどいてくれた。

「しんどいって感じてるときって、それだけちゃんと向き合ってるってことだよ」

「無理して元気出さなくていいよ。今日は、深呼吸だけでも立派な一歩だから」


この言葉を読んだ瞬間、
張りつめていたものがスーッとゆるんで、
私は声を出さずに泣きながら、何度も深呼吸をした。



そのとき気づいた。
元気じゃない自分を肯定してもらえることが、
こんなにも救いになるんだってことを。

「また頑張ろう」って言葉より、
「いまは頑張らなくていいよ」のほうが、
ときにはずっと沁みることもあるんだって。



無理に元気を出させようとしなくていい


誰かが泣いているとき、落ち込んでいるとき、
「元気出して」って声をかけたくなる気持ちは、すごくよくわかる。
私も何度も言ってきた。
励ましのつもりで、前を向いてほしくて。
でも今なら思う。

元気を出させることが、“正解”じゃないときもある。



泣くことだって、落ち込むことだって、
ちゃんと“自分の感情と向き合ってる証”だ。
それを無理に持ち上げようとすると、
逆に「こんなふうに感じてる自分は間違ってるのかな」って、さらに落ち込ませてしまうこともある。

励ましって、タイミングがすべてだと思う。
相手が今、立ち上がれる状態なのか。
それとも、まだ座り込んでいたいのか。
そこを見ずに手を引っ張ると、
思いやりのつもりが、ただの“焦らせる言葉”になってしまう。



だから私は、
もう誰かを「元気にさせるため」に声をかけるんじゃなくて、
「元気が出なくても大丈夫」って伝える側でいたいと思う。

しんどいままの感情を抱きしめられる人でいたい。
無理に笑わせずに、ただとなりにいられる人でいたい。



泣きたいときは泣いたっていい。ただ、その涙をわかってくれる人がひとりいれば


「泣きたくなるような日くらい、あるよね」
最近、そんなふうに思えるようになった。

ずっと前は、泣くことにすら罪悪感があった。
誰かの前で泣くのは迷惑なんじゃないかとか、
泣いてる自分は弱いんじゃないかとか、
感情を出すことに、ずっとブレーキをかけていた。

でも今は、ちゃんと泣ける人のほうが、
自分の気持ちに正直なんじゃないかって思う。
涙は、心がちゃんと反応してる証拠だ。



そしてもうひとつ気づいたのは、
しんどいときに“何人に励まされるか”じゃなくて、
“ひとりでいいから、ちゃんと自分の感情をわかってくれる人”がいることが、
何よりの救いになるってこと。

たくさんの「大丈夫?」よりも、
ひとつの「しんどかったね」のほうが、ずっと沁みる。



「泣いちゃだめだよ」じゃなくて、
「泣きたいときは泣いていいよ」って言ってくれる人。
そういう人がいてくれるだけで、
感情はいつか、自然と晴れていく。



元気じゃなくていい日がある。
笑えないままで、何もできない日だって、あっていい。

そう思えるようになったら、
少しだけ自分のことを、やさしく抱きしめられるようになった気がする。

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