水底の4:00A.M.
皮膚科医に買われていったリージヤが、いたずら盛りの男の子に握りつぶされて死んだらしい、と教えてくれたのは叔母だった。彼女はうわさ話が大好きで、買われた仲間の後日談をしょっちゅう私に聞かせた。ほんの子どもであった私は、世の中にそんな恐ろしいことがあるわけがないと思っていた。
少し大きくなって、私の容姿が褒められるようになったころ、肩幅の広い痩せた男がやってきて、私とグルーナーを買って帰った。男の連れ合いはその買い物を非難した。すぐ死なせるだけだと言う。私はこの水槽が終の棲家になるのだと分かっていた。これは金魚のさだめである。人の目を楽しませるために生まれ、買われて、やがて目も向けられなくなると、白い腹をみせてぷかぷか浮いているのが発見されるのだ。私は自分を買った男を恨みはしなかった。軽蔑するだけである。
グルーナーは猛烈に私をいじめた。小さい女の子はそれを見かけると、そのたびに水槽をたたいて脅した。グルーナーはびくつき、隅のほうへ逃げていく。だが私は、それをありがたいとは思わなかった。グルーナーに凄まじい勢いで追いかけまわされるのは恐ろしい。けれどもどうせ醜い死に方をするのなら、早く虐め殺されてしまいたい、という思いがいつもあった。死こそ私の生きる目的である。私のような者は、死して初めて生命として認められるからだ。飾りとして生き、生き物として死ぬという宿命を、私は呪う。飾りになり切ることも、自我をもつ命としての自分を貫くこともできない生は、死より空しい。
ある日、グルーナーは明け方から私を襲った。彼女はとても気がたっていた。凄まじい速さで私を追いかけ、激突しようとしている。水がごうごうと低くうなり、水槽が打ち震えた。私のすぐ後ろに、らんらんと光るグルーナーの白い眼が見える。私は死にもの狂いで逃げた。頭は真っ白だったが、興奮と恐怖で破裂しそうだった。死にたくなかった。
突然、バンッという大きな衝撃があり、水槽のなかが凍ったかのように固くなった。玄関に来た女の子が、私たちのことに気づいたのだ。女の子は真っ赤になってグルーナーを激しくなじった。彼女は私を追い回すのをやめ、水槽の隅に戻っていったが、私はそれに気づかず、しばらくの間泳ぎ続けた。体に泡が詰まっているかのようにふわふわし、尾びれはひどくしびれていた。私は水草にうずもれているグルーナーを見てやっと安心し、深く息を吐いた。
翌日、男はもう二匹新しい金魚を買ってきた。一匹は頭に赤い模様のある美人で、もう一匹は細身の娘だった。彼らは悪いことこそしないが、場の空気に流される味のない性格であった。この二人が加わってから、グルーナーが私に手を出すことはなくなった。彼女たちはいつも三匹でいて、私のことは相手にもしない。私はそれが嬉しかった。彼らのような低俗な者とは違うのだということを、自分自身に示せるからである。
忘れもしない6月14日、水槽にメダカが15匹、熱帯魚が6匹加わった。水槽は窮屈になった。私は一匹のメダカの尾に、細かな白い斑点があるのを見つけた。母から聞いていたので、それが何かはすぐに分かった。伝染病である。
数日後、この水槽に、もうメダカと熱帯魚はいなくなっていた。なぜかこのころから、私は今までにない心の安らぎを覚えるようになった。もう、自分の運命が呪わしいものだとは思わなかった。
金魚のうち、一番はじめに感染したのはグルーナーであった。まず、尾に斑点が出た。それから背びれ、そしてエラに。グルーナーは動かなくなった。彼女は尾びれを揺らすと、間もなく息絶えた。例の女の子は、生きている間の行いが悪かったからグルーナーは早死にしたのだとしきりに言った。他の二匹は、グルーナーの亡骸をつついていた。そうしているうちに二匹とも死んだ。
私の尾びれにも白い斑点が出てきた。窓からは太陽の光がすがすがしく差し込み、水が輝いている。生まれて初めて一人になった。しかし、孤独ではなかった。水槽の底に沈んだ死骸が白く輝いて、夢のように綺麗である。
私も、死んでいくのだ。
(おわり)
これは、私が13才のとき、国語の宿題で書いた文章です。ほとんど外に出られないので、柄にもなく押し入れの整理をしていたら発見しました。
先生のコメントが先生らしくて面白いです(下の写真)。夜中に私の作文を読んで興奮してくださる、いい先生でした。年賀状のやりとりを続けきましたが、今年は私の身辺の問題で出せなかったのが残念です。

